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零人-3

 キリキリとした痛みが走り、零人の右手小指が、己をしゃぶれ!吸え!齧れ!と脅迫する。
 零人が拒否の意を示すと、それは例えようのない不愉快さ、敢えて表現するなら『全身の皮膚の裏を億千のヤスデが這い回る以上の心地』に変わり、鳥肌、脂汗、吐き気、全身のコリ等の症状を引き起す。
 零人はそれ等を隠す様に「それでは」とか何とか、「何か分かり次第」とか何とか、適当な言葉でその場を締め括り、乱暴に千円札を一枚テーブルに置き、覚束ない足取りでフラフラと喫茶店を出た。
 目の前で顔を激しく歪め、額に大量の脂汗を浮かす零人に、不審を抱かぬ程鈍感ではない是々絵利衣が零人を追い「大丈夫ですか?平気ですか?」と聞く。
「ええ…ちょっと、アレです…アレ…風邪…はい、風邪です」
 己さえ騙くらかす程の嘘つき零人とは思えぬ下手な嘘。
 背後で「冷房、強すぎですよね。喫茶店。もう十月だって言うのに…」等と是々絵利衣が愚痴る。
 お前が選んだ店だろ!とツッコむ気力もない零人は、そのまま駅に入り、券売機に適当な金額を投入、適当に切符を買い、倒れ込む様に自動改札を抜ける。
 改札の外で是々絵利衣が何か言ったが、良く聞こえなかった。と言うより、良く聞いてなかった。
 切符購入の際に出たおつりか何かの事か?それとも何か他の事?まぁ、何でも良い。
「大丈夫ですよ。九好は必ず見つけ出します」
 零人は振り返り胸を張り、なるたけ自信に溢れた笑顔で言う。
 はたして笑顔は上手く作れたか?きちんと胸を張れてたか?そもそも彼女は何と言ったのか?等、些かの疑問はあった。が、調度その時ホームに電車が入って来た事もあり、零人はそれ等の疑問は忘れて取り敢えずその電車に乗り込んだ。

train2.jpg

 行先を確認せずに乗り込んだ電車は、零人の住む天海町とは真逆の方角へ進んだ。
 今の時間帯は通勤通学は当たり前で帰宅客にも多少早い時間らしく、車両には零人を除き五人の客しか乗っていない。
 零人は、この電車が急行である事や、この先数駅は停まらずに走り続ける事を告げる車内アナウンスを聞きながら、右手の小指を口元に運び、五人の客の視線も憚らず口に含み、チューペットよろしくに甘噛み、チュパチュパと音を鳴らし吸う。
 小指の痛みが徐々に薄まり、脂汗が引く。鳥肌や吐き気が治まり、全身のコリが解れる。
 そして頭が冴渡る。
 万能。
 そんな気さえして来る程に冴える。
 今ならどんな難問も奇問も解き明かせる気がする。
 …だけ。
 当たり前。
 こんなのは唯の悪癖、唯の幼児退行に過ぎない。
 何の意味も力もない行為。
 それでも、零人は小指をしゃぶり続ける。
 零人の唯一の証、零人が『0人』ではなく『れいと』である証、チョコレートの『れいと』である証を…。

 ガリッ…。
 零人は一際強く小指に歯を立てる。
 小指に再び痛みが走る。
 が、その痛みは先程のとは違う鉄の味のする痛み。
 零人は舌先でその患部を探り二、三度舐めると、頬をすぼめ強く吸う。
 血の味が口一杯に広がり、零人は目を細めそれを味わう。
 ああ…。
 と、零人は思う。
 ああ、まるで俺は変態だ。
 確かに、己の血を吸いながら零人は軽く興奮している。紛れも無い変態である。
 そして、徐々に膨らむ股間。
 「最悪だ…」零人が呟く。
 が、この乗客の少ない車内ならさして気にする所でもない。
 実際、零人のモノは測り比べた訳ではないので定かではないが、一般並で極小でも極大でもない。ズボンの上から見れば、せいぜい少し大きめの股間の皺の一つ程度。
 モゾモゾと体を動かし股間の位置を上手く皺っぽく調整して、零人は屈木井九好の事を考えた。
 勿論、それはイヤラシイ妄想等ではなく、物語の進展の為に考える。
 屈木井九好とは一体どんな女だったのか?
 顔、体、仕種、声、匂い…どれもボンヤリと霞掛かって朧な輪郭しか思い出せない。強引に思い出そうと霞を払うと、そこには全く的外れの姿が浮かんでくる。
 それは、よく行くコンビニのアルバイトの娘だったり、最近売り出し中のアイドル歌手だったり、大家の婆さんだったりと、次々に入れ代わり立ち代わる。
 俺は屈木井九好を何度も何度も抱いている。遊園地や水族館に行く様なデートだって一度や二度ではなくした。彼女の部屋で彼女の手料理だって食べた。
 それでも…俺は屈木井九好を上手く思い出せない。
 思い浮かべる屈木井九好の姿が、遂には性別を越え、某有名AV男優にまで及ぶ頃、漸く零人の股間の膨らみも落ち着き始め、電車が停車駅に到着した。
 
 電車を降り連絡通路から向かいのホームに渡り、案内の電光掲示を見ると次の電車にはまだまだ時間があった。
 自動販売機で缶コーヒーを買い飲む。
 缶コーヒーは少し鉄の味がした。
 缶コーヒーと血液、確かにどちらも鉄の味がした。が、それ等二つは全然違う鉄の味だった。
 そもそも鉄の味ってどんなだ?
 と、零人は飲み干した缶の縁を軽く舐てめる。が、よく分からないので、辺りに人気のないのを確認して、駅の屋根を支える鉄柱を舐めてみる。
 ザラザラした舌触りと埃の匂い…が、やはりよく分からない。と言うか、俺は一体何をやっているんだ…。
 どうにも変だ。
 自分が正常でない事がよく分かる。
 それは、今日、是々絵利衣の電話を受けた時から何と無く感じてた違和感。
 行動も発言も思考も、どこかちぐはぐで自分で自分が読めない。
 ふと気付くと、途方もない所で途方もない事をしている。
 例えば、次の瞬間ホームに入って来る電車の前に突然飛び込むとか…。
 その時、これ見よがしのタイミングでホームに電車入って来る。
 ゴンゴンと轟音が近付く。
 突風がブアッと零人を煽る。
 零人は…。
 その電車に…。
 飛び込まない。

 その代わり「いい加減にしろ!いつまで逃げ続けるつもりだ!零人!」と叫んだ。
 その叫びは電車の轟音に飲み込まれ消えた。
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