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零人-2

 結局その後も是々絵利衣の機嫌は直らず、零人を睨み付けテーブルをバンバンと叩き喚き散らし続けた。

 いきり立ち早口で吃りながら喚く是々絵利衣の言葉は酷く聞き取り辛い。それに加え思い出した様に「薄情者だ」「人非人だ」と零人を罵倒するから、その内容は重ねて酷く分かり辛い。と言うかサッパリ分からない。
 それでも零人はそんな是々絵利衣を止めようとはしなかった。
 だって、下手な横槍の一本でも入れて、バンバンとテーブルを叩くその拳がそのままビュンと己の顔面に、なんて冗談でも笑えない。
 肉体的苦痛を受ける位なら精神的苦痛だ。
 それに元々そんな風に彼女を怒らせたのは自分だ、その位の責めは甘んじて受けよう。
 たかだか取り乱した女の罵りや周囲の人間の好奇な視線など、俺がかつて味わったあの最大級の精神的痛みや傷みや悼み…に比べれば、ヒヨコの後ろ回し蹴り位のモノだ。まぁ、実際にヒヨコの後ろ回し蹴りをくらった事等ないので、その威力の程は不明だが…。

 とにかく、彼女には好きなだけ喚かせて、思う存分テーブルを叩かせる。叩かれ続けるテーブルの安否は多少気になるが、それはこの店のマスターが気にする事だ。それに、彼女の話がどれだけ聞き取り辛く分かり辛かろうが、それはたいした問題ではない。何故なら、零人は是々絵利衣から掛かって来たあの呼び出し電話で、一通りの『あらまし』は既に聞き知っているのだから。

 その上での知らぬ振りのおとぼけ。
 で、結果この惨状。
 つまり自業自得。

 零人は取り敢えず是々絵利衣が鎮まるのを待つ。
 まぁ、さした用事がある訳でもなし、たかが数分のロスで激変する程繊細な人生を生きてもいない。勿論、探せばそれなりに用事の一つや二つはある。きっとそれは冷房効き過ぎの喫茶店で、ヒス女の罵声をBGMにお茶を啜るよりは有意義な用事の筈だ。
 それでも…と、零人は待つ。
 たいした理由はないが、本題に向かい合うのはその後で十分だ。
 どうせそれにしたって、向かい合う振りに過ぎない訳だし。

 で、数分後…。

 是々絵利衣の怒りが鎮まり始めたのを見計らい、零人は「分かりました」と快活で良く通る腹式呼吸の発声で言う。
 ムフーッムフーッ…是々絵利衣の鼻息はいまだ荒いが、零人はその回復を待たずに「九好を見つけ出せば良いんだね?」と続ける。
「見つかりますか?」と鼻息混じりに是々絵利衣が返すと「分かりません。今の所情報が少な過ぎますし。何より僕は人探しは得意ではないので」と零人は冷静に答えた。
 それは本当の事。
 今ある情報と言えば、数日前に屈木井九好と是々絵利衣のそれぞれに、全く同じ内容の『お菓子の家』への招待状が届けられた事と、それに合わせ屈木井九好が失踪した事だけ。
 それだけの情報で失踪人を見つけ出すのは到底無理。
 その招待状にして、差出人が『Sir Sevastian Speaker』つまり、セバスチャンスピーカー卿と名乗っているという事以外、お菓子の家の場所は疎か差出人の住所も書かれてなければ、消印すら捺されてない様な代物だ。
 それに、その招待状が屈木井九好の失踪に直接関係しているかどうかも定かではないのだ。
 それを情報だ何だと考えるのは早計に過ぎる。
 誰かの悪戯…にしてはちょっとアレだが、それだって十分に有り得る事。
「そんな…」
 是々絵利衣のあからさまな落胆の声。
 その落胆が再び彼女の怒りを呼び覚ます可能性を恐れ零人は先手を打つ。
「でも、大丈夫です。九好が見つかる様、僕も最善を尽くします。これでも凄く心配しているんだ」
 それは少し本当で少し嘘。
 少なからず関係を持つ女の失踪に何にも感じない程、零人の人格は崩壊してはいない。
 でもやはり屈木井九好は見つからないだろう。勿論、見つける努力位はする。けど今の所、何をどう努力すれば良いのかも分からない。
 それでもその発言の効果は絶大だった様で、是々絵利衣は小さく微笑み頷いた。
 それはなかなか素敵な微笑みだった。
 特に両頬に出来た浅い笑窪が堪らない。
 なんだ、笑うと意外に可愛いじゃん。なんてラブコメな台詞を喉元で抑え「僕にだって恋人の一人位護る力はある」と、零人は代わりの台詞にかなり大袈裟な抑揚を込める。
 でもこれは殆ど嘘。
 俺にはそんな力なんてない。何より屈木井九好は俺の恋人ではない。
 屈木井九好は…アイツの身代わりに過ぎない。
 屈木井九好は俺の事をを『恋人』だと周りに喧伝していた。勿論、それは彼女の自由だ。自分で言うのも何だが、彼女にとって『零人』=『恋しい人』=『恋人』だったのだろう。しかし、俺にとっての屈木井九好はそうではなかった。俺にとっての屈木井九好は『アイツ』≒『屈木井九好』∴『身代わり』に過ぎなかったのだ。
 俺は決して恋なんてしない。否、出来ない。否否、出来る訳がないのだ。俺のそんな身勝手が許される筈がないのだ。

 そんな零人に気付く事のない是々絵利衣は、ポッと頬を赤らめて零人を見ている。
 状況は逆転。
 軽蔑から羨望。
 敵意から好意。
 そしていずれ…。

 零人はテーブルに並べられた封筒、招待状、手紙を一つに纏め、是々絵利衣に返す。
「これは君への招待状だから」
 是々絵利衣は少し不安げにそれらを受け取り、膝の上に置いていたハンドバックに仕舞う。
「大丈夫、そんなのはただの悪戯だよ」
「ええ…」
 是々絵利衣が瞳を潤ませ頷く。
 随分としおらしい。
「所で確認だけど、九好が消えた正確な日って覚えてます?」
「ええ、確か…先月の二十日だったと思うけど…」
 キリッ…突然、零人の右手の小指が痛む。
 つい口許に持って行きそうになる衝動を抑えると、零人の顔が酷く歪む。
 でも、それは決して痛みによる歪みではない。
 では何だ?何の歪みだ?
 先月の二十日…九月二十日…何だ?知っている。何の日だ?
 俺は、また何かを失念…いや忘れた振りをしているのか?
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