FC2ブログ
 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
 

零人-21

 零人は八文字アリスを押し倒すと、左手で彼女の右手を押さえ付け、右手でその体をまさぐる。乳房を揉み、ショートパンツの上から尻を鷲掴む。強引に唇を奪い、舌を捩じ込み、口内を舐め回す。徐々に脹らみ始めた股間を彼女の太股の間に・・・なんて事はしない。
 八文字アリスは原始人顔で赤尾マス殺しの犯人。挙げ句、今は零人自身の命を狙っている。
 何処をどう取っても色っぽく展開する話ではない。
 とは言え、零人が八文字アリスを抱きすくめ、押し倒したのは事実。
 応接机やソファーをいとも簡単に切り裂いた八文字の攻撃方法は特殊加工された糸による斬撃。糸による斬撃の理屈は幾つかある。そして、そのどれも基本にあるのは糸の張り、テンションだ。ならばそのテンションを殺す間合いへの接近と、それを操る右手を捉え封じるのは、防御策としては最良の筈。
 と言ってこの状況・・・いつまでも続けていれるモノではない。
「うぎぎぃ」なんて呻き、零人の束縛から逃れようとする八文字はグネグネと体を捩らせる。
 それは、まるで巨大な爬虫類の様で、その力は尋常ではなく、いずれ振り払われてしまうだろう事は零人本人にも容易に判断出来た。
 考えろ。何か・・・何かないか?この状況を打開する方法。
 取り敢えず先手は封じたのだ。次はこちらの番なのだ。
 しかし、この寝転がった体勢からの殴る蹴るの攻撃は効果が望めない。
 ならば、何か武器を・・・。
 重い物は駄目だ、左手で八文字の右手を押さえたまま、右手一本で使える武器・・・。
 零人は首を上げ、辺りを見回す。
 その瞬間。
 ・・・!!
 八文字がブリッジの要領で体を反らす。
 ブワリと零人の体が宙に浮き、八文字の隣に転がる。
 その勢いで横に伸びた零人の右手が何かに触れる。
 確認する間もなく、半ば条件反射的にそれを掴む。
 布?
 感触から判る。布だ。そして、これは恐らく、右手一本で扱える。
 零人はその布を思いっ切り八文字の顔面に叩き付ける。
 が、ブワサッ・・・と、布は空気を孕み広がり、勢いなく八文字の顔に覆い被さる。
 それが八文字にどれ程のダメージを与えたかと言えば、恐らくは無。でも、その行為は無意味ではない。
 不意に布が顔に被さるという出来事に、八文字は少なからず仰天し、そこに隙が出来た。
 零人はすかさず体を起こす。
 布の正体を確認する。
 ジャケット。
 それは零人のジャケットだった。
 零人は右手を素早く引寄せ、それを八文字の顔から引き剥がす。と、同時にその場を飛び退き、いまだ寝転がり事態の把握に手こずっている八文字の頭上へ回り込む。
 それは、一瞬の行動。
 恐らく、突然ジャケットを引き剥がされ、視界の開けた八文字には、瞬間、零人が消えた様に見えた筈だ。
 しかし、これはただのその場しのぎ。咄嗟の奇策。大切なのはその次の策。
 零人はジャケットのポケットに手を突っ込む。そしてそれを取り出す。
 数個あるポケットの中から一発でそれを見付け出せたのは、ただ単純な幸運だった。
 だが、故に、零人は感じる『運は俺に向いている!!』
 立ち上がり体勢の立て直しに掛かっている八文字に、零人は死角から飛び掛かり、その顔面にジャケットのポケットから取り出したそれを押し付ける。
 ハッとした様に、八文字の手が零人の腕を掴む。
 零人は構わず、それをより強く八文字の顔面に押し付ける。
「ぎっ!」八文字が鋭く悲鳴を上げて一瞬体を硬直させる。そして零人の腕を掴む力を強める。が、もう遅い。
 これが幸運の差だ。
 八文字の顔面に押し付けられたそれは、零人の予想通りの形状をしていて、零人の予想通りに働いた。
 それは八文字の悲鳴と一瞬の硬直で判った。
 零人は八文字の後頭部を押さえ逃げ場を奪い、より強く捩じ込む様にそれを押し付ける。そして、最後にそれを擦り付ける様に思いっきり横に引く。
 ゾリッ・・・っとした不快な感触。
 八文字が「ぎぃいぃぃーー!」と叫び、仰け反り、顔を両手で覆う。
 八文字の顔を覆った両手の隙間から、ポタポタと血が垂れる。
 零人は八文字から身を離すと、それを床に落とす。それは銀色の、今は八文字の血で真っ赤に濡れた、腕時計。八文字が探偵事務所で壊した零人の腕時計だ。
 硝子が砕け、ネジやバネ等の機械部分が細かく鋭利に露出した文字盤には、ゴッソリと八文字の顔面の血や肉片がこびり付いているだろう。
 確認するまでもない、と言うか、わざわざ見たくもない。
 と、零人は血みどろの顔面を押さえ「あうっ」とか「ひっ」とか声を漏らし、のたうっている八文字に向け駆けると、その勢いのまま彼女の胸にブーツの踵を当て、蹴り押す。
 八文字は一、二メートル後方に吹き飛び、数歩足踏み、その勢いで後頭部から窓硝子に突っ込んだ。
 窓硝子が砕け大小様々な多角形の破片に変わる。
 八文字がその破片達と共に窓の外に消える。
 落ちた・・・。
 そう思った。
 そうだ、ここは確か・・・地上五階。
 零人は硝子の砕け落ちた窓から階下を見下ろす。窓の下は真っ直ぐに地面に繋がっていた。
 その地面は、恐らく砕けた硝子の破片が陽光を反射しているのだろう。キラキラと綺麗に輝いていた。
 そしてそこに、八文字アリスの姿はなかった。
 が、彼女がそこへ墜落して絶命した事は明らかだった。そこにはそれに見合うだけの赤い痕跡が広がっていた。そして、そこに広がる物は、この高さからではハッキリと確認は出来ないが、八文字の血液だけではない様に見えた。それが何なのかは零人には分からなかった。だが、その血液に混じり撒き散らされた八文字アリスの何かが、彼女の死を決定付けていた。

 チャッチャラーラ、チャッチャラーラ、チャララララーラ、チャラッチャ・・・。
 突然の聞き慣れたフレーズに、零人はビクリと振り返る。
 その音の独特な軽薄さから、それが携帯電話の着信音である事は直ぐに判った。
 鳴り続ける有名なチョコレートのCMソング。
 零人は室内を見回し、その音源を探す。
 室内は八文字アリスとの乱闘で酷く散らかっていたが、元々物のない殺風景な部屋だったので、それは直ぐに見付かった。
 むしろ、何故今まで気付かなかったのかと思える程に、堂々とその携帯電話は、その部屋の隅に設置された洗濯機の様な巨大なミキサーの上に置かれていた。
 茶色い携帯電話。
 零人はそれを手に取り、ディスプレイを覗く。
 ディスプレイには『セバスチャンスピーカー卿』の表示。
 零人は通話ボタンを押し、携帯電話を耳にあてる。
 一瞬の沈黙の後、声が聞こえる。
「・・・もしもし・・・ああ、良かった。漸く繋がったた。何度もかけたんですよ。それにしても、時間が掛かりましたね。アナタならもっと早くにここへ辿り着けると思っていたのに・・・でも、まぁ、辿り着けたのだから、良しとしましょう」
 小さく、キシ・・・と、プラスチックの軋む音がする。
 携帯電話を握る手に思わぬ力が入る。
「では、早速ですが、アナタを今から『お菓子の家』に案内します。招待状は用意してませんが、問題ありません。アナタなら顔パスです」
 零人は何か言おうと口を開いた。しかし、言葉なんて何一つ出て来やしなかった。
「そこからの道順は分かりますよね?」
 道順?
 そんなモノは見当も付かない。
 いや、そんなモノはどうでも良い。
 そんな事よりも今は、先ず・・・。
 そんな事よりも他に、先ず・・・。
 ・・・言葉が、出ない。
 何を言いたいのか、何を言うべきなのか、それは分かっている。
 でも・・・言葉が出てこない。
 言葉なんて・・・出て来る筈がない!
 こんな・・・こんな・・・こんな!!
 零人は堪らず携帯電話を右手から左手に持ち変え、右手の小指を、口に含む。
 関節一つ短いその指を、噛む。きつく。プンッ・・・。皮膚の裂けた感触。痛み。鉄の味・・・。
「お前・・・お前なのか・・・」
 零人の口からザラザラと掠れた声が漏れる。
 途端、小指の噛み痕から大量の血液が噴き出す。それは零人の口内を満たし、遂には唇の端から溢れ出す。ダラダラと顎を伝い、シャツを汚す。
 そして電話は「それでは、心よりお待ちしております」と言い残し、プツリと呆気なく切れた。
 零人は慌てて、不器用な左手で携帯電話のボタンを手当たり次第に操作し、再度回線を繋げようと試みた。が、それは繋がる事はなかった。
 右手に持ち直し、キチンと冷静に操作しようかとも考えたが、小指の出血を考えると、それは叶わない事だと容易に判断出来た。それに、何よりその携帯電話のディスプレイの左上に表示された『圏外』の文字が、回線の遮断、つまりはその携帯電話の死を報せていた。
 零人は一度大きく息を吸い、脳に酸素を十分に送り込む。
 冷静になろう。
 ・・・さて、考えなければ。これからの事を・・・落ち着いて・・・。
 回線は遮断された。
 手掛かりは途絶えた。
 いや、違う。考える事はない。考える事なんて何もないんだ。これからの事は既に決まっている。
 俺は『お菓子の家』へ招待されたのだ。
 道順?
 そんなモノは見当も付かない。
 そんなモノはわかる筈がない。
 そんなモノは・・・最初からありはしないのだから。
 それは、既に解いた謎だ。
『思う場所に思う時間』がそうなんだ。
 零人は目の前の洗濯機の様な巨大なミキサー、赤尾マスをミンチにしたであろうミキサーの蓋を開ける。
 ガコン。
 蓋は簡単に開く。
 中を覗く。
 そこには、穴が開いていた。
 真っ暗と言うより真っ黒な、深さや底と言った概念すら感じさせない、ただ何処迄も続いてそうな黒い空間。
 その中から温度のない甘い風が吹き、零人の前髪を揺らした。
 その甘い香りは・・・。
 零人はグイっと、その穴に身を乗り出す。
 チョコレートの香り。
 右手の小指の出血は、シタシタと止まる気配もなく床を汚す。
 零人はそのまま、穴に頭から潜り込む。
 そしてスッポリと闇に包まれる。

 大丈夫、心配ないさ。
 もし道に迷っても、この血の跡を辿れば、又ここへ帰って来れるから・・・。

≪第一章『零人』 了≫
スポンサーサイト
 
 

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://chocolatetwins.blog87.fc2.com/tb.php/44-1e58de97

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。