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千夜子-21

「ここまでっす」。蒼井琴璃は笑顔のまま言う。「あたしはここまでっす」
 琴璃が笑顔を固まらせたまま頭を垂れると辺りがしんと静けさを取り戻す。
 目の前にあるのは仲村由里音の部屋だ。
 室内に人工の森が広がる仄暗い部屋にあったノートパソコン。そこに示された《しちし》=《DAD》の暗示。そこから私は《記憶の宮殿》と呼ばれる意識に入り込み、そこでセバスチャン・スピーカー卿と出会った。現実に戻ると赤尾マスが何者かに殺されていた。
 で?
 で、どうなった?
 事態は何も進展していない。最初に仲村由里音捜索の依頼を受けて以来、何一つ進展している事態はないのだ。
 ただ物事が枝分かれに広がり、登場人物が増え、それらに私の思考が翻弄されているだけなのだ。そのどれもに全く収拾のつく気配すらない。放り投げられた事柄が支離滅裂に存在している。
 どうすんだよ、この状況。どうにかする糸口とか用意してあんのかよ。
 私は誰ともない《誰か》に語りかける。
 物事なんて人それぞれの捉え方次第だったりして、現状を進展とも後退とも解決とも捉えられる。いや、解決はしていない。仲村由里音ちゃん見つからないし。仲村由里音ちゃんいないし。
 いないし。
 ひょっとすると仲村由里音ちゃんなんて最初からいないのかもしれない。仲村由基雄も瀬戸内雀尊も赤尾マスも……。「元々ばあちゃんなんていねえ」。私は《記憶の宮殿》にいた零人の言葉を鵜呑みにするまいと思いつつも完全に影響を受けている。そしてそう言う零人だって元々いないのかもしれない。
 実は事件も人物も存在せず、病院のベッドに植物状態で横になったかわいそうな千夜子ちゃんの頭ん中の、全ては動くことすらままならない千夜子ちゃんの願望的な、最終的には病床の千夜子ちゃんが奇跡的に意識を取り戻して万々歳!良かったね、はい本当は夢オチ~!
 そういうのは逃げ口上だからね。
 私は再度《誰か》に釘を刺す。夢オチを禁じ手にする。
 本当は何も起きていないなんて茶番なのだ。物語を構築するのであればそれ相応の準備と覚悟が必要なのだ。
 あるんだよね?
 適当に物語散らかしてんじゃないよ。
 面白い展開だとか奇抜な推理だとかそんな必要はない。現実は《そこ》に存在し、進行し、流動している。物語は現実を追い越せない。事実は小説より奇なり、なり。事件は現場で起きているんだ。聞こえているのか、《誰か》さん?
 なんて。茶化してしまうとまた物語がぶれる。
 だから私は展開させる。
 私の物語を展開させるために仲村由里音の部屋のドアノブに手を掛ける。永いこと誰も触れていなかったような冷たさがすんと伝わってくる。
 この先には待望の《新たな展開》が待っている。物語は《第一章》を終え、《第二章》を迎える。
 だよね?
 私はノブを回し、開け放つ。

 そこには森なんてない。

 そこは真っ白な部屋。白い壁、白い床、白い天井。何も無い、無の白い空間。
 そこに文字が浮かんでいる。正面の壁に赤茶色の文字が書かれている。

 CHOCO
  LATE


 チョコレート。
 その上に一際大きく《×》と書かれている。
 千夜子《×=かける》零人ということなのか、それとも千夜子と零人、つまりはこの双子探偵を否定する意味での《×=ペケ》ということなのか。どちらにせよ、これは私に対するメッセージだ。そして赤茶色のメッセージからは微かに甘い香りが漂う。そう、これはチョコレートで描かれているのだ。
 ポケットに突っ込んでいた携帯電話が鳴る。無の空間においてはそのバイブレーションが音として鳴り響く。
 液晶には何も表示されていないけど私にはそれが誰か分かる。
 でも、…どうする?
 通話ボタンに指をかけたところで私は躊躇する。そこで気付く。分かる。この躊躇が私の思考を進ませる。
 千夜子《CHOCO》が遅れた《LATE》ってことか。私はここまで全てにおいて常に《LATE》、つまり遅れている。その《遅れ》が事態を複雑化している、イコール《×》、ペケであるのだ。
 後手に回るのはやめよう。ここからは先手を取っていかなくては。
 通話ボタンを押し、携帯に耳を寄せると予想通りの声がする。

「おかえり、ここがSupreme Sweets Sanctuary、お菓子の家だよ」

 その声の穏やかさに目尻に涙が溢れてくる。
 声と同時に目の前の『CHOCO×LATE』の文字が動き出す。違う。文字だけでなく、壁自体が動いている。白い壁がゆっくりと上方にスライドしていく。
 幕が上がっていく。
 そこには扉がある。
 扉には『Ⅱ』と刻まれていて、私は「ご丁寧に」とひとりごちて笑う。あからさますぎる。私はまだ、笑う。
 扉に手を掛ける。今度は躊躇うことなく、扉は力一杯に開かれる。

 この先にあるのは物語の《中心》だ。
 さて、この物語の《中心》に何があるのか。《中心》で何をするべきなのか。

 とりあえず、愛でも叫んでみようかしら?

 愛は叫ぶもんじゃなくてもっと奥深くにたゆたうものなんだけど、今の私は冗談じゃなく叫んじゃっても全然構わない気分なのだ。
 私は臆することなく《中心》に向かって歩き出す。
 ねえ、零人、あなたに逢える気がするよ。


≪第一章『千夜子』 了≫

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