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零人-20

 大仰な音を鳴らし、真っ二つに別れた応接机が床に落下するのを、ソファーの後方に背中で着地しながら耳で確認し、零人は間髪入れずに、両足と背中のバネをフルに使い、ソファーを八文字アリスがいるであろう方向へ蹴り押す。
 ソファーの行方は確認もせず、零人はまたも間髪入れず、今度は後方に三、四回転でんぐり返り、身構える。
 そして、そのまま、立て膝の状態のまま、八文字アリスに目をやる。
 悠然とソファーに腰掛けた八文字アリスの前には、真っ二つに別たれた応接机と、これまた、応接机同様に八文字アリスが斬ったのだろう、真っ二つに別たれたソファー。
 八文字アリスが立ち上がる。
 スラリと伸びた手足、真っ白い肌、下着か水着と言っても過言ではない程に面積の小さなショートパンツとカットソー。
 つくづく思う・・・状況がこんなバトルな状況でなく、八文字アリスがあんな原始人の様な顔でなかったら・・・と。
 零人は八文字アリスに合わせて立ち上がり、右足を半歩引き、目は八文字アリスから逸らさぬ様にし、上半身は右半身を軽く後方に引き、少し背を曲げて、両の拳は顎の前辺りに配置。
 武術の心得等一切無いが、一応、少なからずの威嚇と牽制。
 ・・・さてと。
 この威嚇と牽制の効果の程は取り敢えず置いといて・・・八文字アリスが如何にして、あの応接机やソファーを真っ二つに斬り裂いたかを知らなければ・・・。
 戦うにも、逃げるにも、先ずは相手を知る事。
 それは、赤尾マスに教わった。
 各種格闘技から武術に気功、礼儀作法にお茶にお華、合わせてウン十段って程のスーパー婆、赤尾マスに・・・あっ。
 零人は危うく出しそうになった声を堪える。
 そうだった、コイツが赤尾マスを殺したのだ。この八文字アリスが・・・もう一度言うけど、各種格闘技から武術に気功、礼儀作法にお茶にお華、合わせてウン十段って程のスーパー婆の赤尾マスを、殺したのだ。
 零人は危うく漏れそうになる溜め息を堪える。
 完全に失念していた・・・いや、むしろ、その事は考えてもなかった。
 そうなのだ、八文字アリスは、そのレベルの人間なのだ。
 しかも・・・。
 挙げ句、零人は大変な見誤りをしていた。
 八文字アリスからセバスチャンスピーカー卿を引っ剥がせば、八文字アリスは壊れる。それで勝負は着く。俺の勝ち・・・そう思っていた。
 が、間違っていた。
 八文字アリスからセバスチャンスピーカー卿を引っ剥がし、八文字アリスを壊す事は・・・八文字アリスを切れさせる・・・つまりは、八文字アリスのリミッターを解除する事だったのだ。
 甘かった。
 完全なミスだ。
 最初から分かってた筈だ。赤尾マスを殺したのが八文字アリスなら、その実力位、最初っから想像出来た筈だ。
 なのに、何故警戒し、前以て対策を準備していなかった。とんだ間抜けだ。とんだドジだ。
 これは、大元からの大失態だ・・・なんて、愚痴ってもいられない。
 事は急を要する。
 次の手が来る前に・・・あの応接机やソファーを斬り裂いた技が、自分に向けられる前に、その正体を・・・。
 零人は、八文字アリスの身体に視線を這わす。
 八文字アリスを探る。
 何だ?何を使った?何を使い、何をした?
 応接机やソファーを斬り裂く手段。
 刀?
 それなら、見て判る。
 八文字アリスはそんな物を持ってはいない。
 仮に隠したとして、そんな大きな物をどこに隠す?
 なら、掌や衣類や何かに隠せる大きさのナイフ?
 斬れるか?ナイフで。簡単に隠せる程度のナイフの刃渡りで・・・。
 では、もっと別の・・・。
 例えば?
 例えば、レーザーやビーム的な・・・。
 飛躍し過ぎだ。
 ふと、赤尾マスをミンチにした巨大ミキサーが頭に浮かんだが・・それでも、さすがに、ビームサーベルにレーザー銃は飛躍し過ぎ。
 他に・・・。
 手刀?
 足刀?
 まさか、そんなの、まるで漫画だ。
 零人は思い出す。
 あの時の・・・あの、応接机が真っ二つに斬られる前の八文字アリスの行動。
 右手で左の肘辺りを、擦る様な、摘む様な・・・。
 右手・・・。
 そして零人は見付ける。
 右手の人差し指の第一関節と第二関節の間の不自然な場所に嵌められた、よっぽど注意して見ないと見過ごしてしまいそうな程に細い指輪・・・いや、違う。指輪じゃない・・・アレは・・・。
 零人の視線に気付いたのか、八文字アリスが右手をピクリと動かした。
 と同時に、八文字アリスの右手の人差し指の先から、光の線がスッと流れた。
 ・・・糸?
 間違いない。この距離、八文字アリスの攻撃を警戒して零人が取った三、四メートル程の間合いからは、はっきりとは視認出来ないが・・・確かに、それは八文字アリスの右手の人差し指に結わえ付けられ、緩い螺旋を描き床に伸びている・・・糸。
 それで、斬ったのか?
 応接机を・・・ソファーを・・・。
 聞いた事はある。
 そういう技。
 そういう武器。
 特殊な加工を施した極細の強化ワイヤー。締める、縛るだけではなく、斬る事も出来るという・・・。
 それに糸なら、どれ程面積の小さな衣類にだって容易に隠せる。
 ・・・いや、あの仕草。あの、右手で左の肘辺りを擦る様な、摘む様な仕草を思えば・・・身体か・・・八文字アリスは、己の身体の中に、あの糸を・・・。
 つまりは、そういう事か。
 つまりは、そういう者か。
 八文字アリスは・・・つまりは、そういう類いの者だったという事。
 それに気付くやいなや、零人は八文字アリスに向け一気に駆け寄る。距離にして僅か三、四メートル。ものの一瞬で零人は八文字アリスにたどり着く。そして、抱き着く。両腕で強く八文字アリスの背中を抱き締め、脚を絡ませ、腰を押し付け、頬を寄せる。
 
 一瞬、八文字アリスの体が緊張するのが分かった。
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