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千夜子-19

 ばあちゃんが存在しないなんて有り得ないっつうの。

 独りごちて愛車べべ子のアクセルを踏む。赤尾煙草店に居続けることは苦痛だった。困惑と焦燥、その他もろもろ。それらを振り払いつつ、私は吹斗市の仲村由里音の家に向かっている。とりあえずスタート地点から再開してみるべきなのだ。と、天海橋の信号に捕まる。
 ばあちゃん=赤尾マスの問題は一旦ペンディング。ばあちゃんが存在しないという話を認めるわけにはいかないけど、イコールそれはばあちゃんは死んでいないと見做すのは強引なポジティブシンキングかもしれないけど私の中ではそういうことにする。だから私が見た(?)死体はばあちゃんではないし、むしろ《赤尾マス殺害事件》そのものの存在すら現時点ではあやふやなのだ。
 だから私はそもそもの出発点である仲村由里音失踪事件からやり直すことにした。
 信号が青に変わり、私は橋を渡って吹斗市に入ると側道に逸れてべべ子を停める。ダッシュボードから取り出すのはばあちゃん=赤尾マスから貰った手帳だ。
 ともかくここまでの登場人物について整理していこう。いろんなことが一斉に起きて波にさらわれたように散り散りになっている。一つ一つを再確認するために、私は最初に携わった人物から挙げ手帳に書き込んでいく。

・仲村由基雄
・仲村由里音


 そこで《仲村由里音》から矢印を伸ばして《失踪》と書き加える。

・仲村由里音→失踪

 あ。先ずはこいつか。私は二人の名前の上にその名前を書いて丸く囲む。

《セバスチャン・スピーカー卿》

 次に瀬戸内雀尊、そして電話で話した由里音の友人である蒼井琴璃と消息不明の同級生たち、そして存在すら否定されているばあちゃんの名前を続ける。
 雀尊には一度電話したが繋がらなかった。ただ私から連絡を取る気がないだけだったりもする。少なからず瀬戸内雀尊に不信を抱いていることは否定出来ない。だから現時点では瀬戸内雀尊は消息不明とする。
 最後に赤尾マスの名前を書いて矢印の先に《存在しない》と書き込んで手を止める。私は赤尾マスが《存在しない》とは思っていない。私は希望的観測を踏まえて《存在しない》の部分に二重線を引き《失踪?》と書き加える。

《セバスチャン・スピーカー卿》
・仲村由基雄
・仲村由里音→失踪
・瀬戸内雀尊→消息?
・蒼井琴璃
・神野芽久美→失踪
・他同級生数名→失踪
・赤尾マス→失踪?


「…そして、誰もいなくなった」
 いや、全員ではない。
 私は手帳を閉じると再びアクセルを踏む。
 由里音の部屋にあったパソコンのディスプレイに並んでいた三つのひらがな。しちし。その単純過ぎた暗号から導かれた《DAD》。
 そこから話がおかしくなった。そして私はそこで何かを逃した。やはり《DAD》、つまり《父親》である仲村由基雄が鍵を握っている。《DAD》がそのまま仲村由基雄を示しているかは依然曖昧だし、由基雄が犯人だなんて根拠の無い答えを出すつもりはないけど、結論として仲村由基雄はめちゃめちゃ怪しい最重要人物に違いないのだ。
 私が探していた《入り口》は冷蔵庫の扉の中にあった。私の記憶の中でも頭の中でもなく目の前にあった。《入り口》に対する《鍵》はまさしく仲村由基雄なのだ。
 それからのことはそれから考えればいい。

 そんなことを考えながら私は吹斗ニュータウンの外れにある仲村由基雄の家の前にべべ子を停める。
 もしかしたら仲村邸も存在していなくて仲村由基雄も由里音も端っから存在しないんじゃないか。頭の片隅にあった微かな予測は外れて、その片流れ屋根のモダンな三階建ては当たり前のように存在している。そして門の前には制服姿の少女が立っている。

 少女が立っている。

「由里音ちゃん?」
 車から飛び出した私に向かって少女もこちらに駆けてくる。
「千夜子、アルフライラさんですね?」
「仲村由里音さんね、とにかく無事で良かった」
「違います」
「え?」
「だから違いますって。私です。電話で話した蒼井琴璃です、はじめまして」
 少女はそう言って笑いかけると長い髪が揺れた。そう言えば仲村由基雄に渡された写真の由里音は髪が肩に届いていなかった。
「でも、どうして私のことが分かったの?」
「え?だって違うんですか?」
「いや、そうだけど」
「だってここに来るのは千夜子さんしかいないから」
「そうなの?」
「そんなことより私にも届いたんです」
 蒼井琴璃が鞄から取り出したのはすっかり見慣れた白い封筒だ。
「で、中にカードとこれが入ってたんです」
 手渡された封筒の中には二つ折りのカードと一緒にひと回り小さなカードが入っている。そこには縦横に幾つかのラインが走り、そこに四角い目印が幾つか書き込まれていて中央の四角形が赤く塗られている。
「地図?」
「それがここなんです」
 私はその三階建ての建物を見上げる。片流れの屋根がずうんと空に突き刺さっているように見える。
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