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零人-18

 では・・・と、零人は口を開く。
「では、先ず、例の招待状・・・正確には招待状と招待文の入った封筒・・・アレを探偵事務所の扉に挟み込んでおいたのはアナタですよね?」
 封筒は郵送されてきたのではなく、直接誰かの手により探偵事務所に届けられた。その誰かが差出人本人であるという事はそうそう想像に難い事ではない。
「・・・はい」
 八文字は頷く。
 あの日、零人は是々絵利衣に呼び出され、屈木井九好の失踪についての相談を受けていた。その後、探偵事務所に帰宅した時には封筒は扉に挟まれてはいなかった・・・或は、それに気付けなかっただけかもしれないが・・・そして、再度探偵事務所に戻ってきて零人は封筒を見付ける。
 つまり、零人が探偵事務所内に何者かの気配を感じ、一度探偵事務所を離れてから再度帰ってくる迄の間に、八文字が探偵事務所を訪れ、封筒を届けていった。又は・・・「あの日、アナタは俺の事を探偵事務所で待ち伏せていた。が、帰宅してきた俺はアナタの気配に気付き・・・あぁ、勿論その時はアナタだと認識していた訳ではないですが・・・まぁ、警戒し、もう一度出掛けてしまう」
 そして、零人は屈木井九好のアパートに行き、室内を捜索して再度、探偵事務所に戻る。
 そして、扉に挟み込まれた招待状を見付ける。
「アナタはその間に帰宅してきた赤尾マスを殺した」
「・・・はい」
「そして、彼女をチョコレートに見立てた」
「・・・はい」
「あの機械で彼女のミンチを作って・・・」
 零人はその部屋の角に置かれた、不格好な機械に目をやる。
 恐らく、それを目的に造られたであろう機械。
 不格好な洗濯機の様な、巨大なミキサーの様な、歪で奇っ怪な機械。
 そして同時に、それを赤尾煙草店に運び込む八文字の滑稽な姿を想像する。
「・・・はい」
「そして、二階の探偵事務所に帰宅して来た俺を襲った」
「・・・」
 八文字は返事をしない。小さく首を横に振る。
 ・・・違うのか。
 ならば、逆だ。
「赤尾マスを殺し、俺を襲い、その後に赤尾マスのチョコレートを作った」
 まぁ、確かにあんな大袈裟な道具を持ち込んでの作業、それなりに時間の余裕も欲しいだろう。いくら寂れた下町の商店街の端っことは言え、出来る事なら人目の無くなる時間帯だって選びたいだろう。
 当たり前の発想か・・・。
「・・・はい」
「後、俺の携帯電話を壊したのも、アナタですよね」
「・・・はい」
 零人は、うーん・・・と唸り、少し考えて「これが、アナタがした事の全て正しいですね」と締める。
「・・・はい」
 八文字は頷く。
 その頭は、今にも床に転げ落ちてしまいそうな程に項垂れている。

 はい。
 犯人判明。
 はい。
 事件解決。

 ・・・って、これで一体何が解決したと言うのだ。
 ただ、起きた出来事を並べ立て。それを、八文字アリスが端から認めていっただけの事ではないか。

 項垂れる八文字アリス。零人が胸を張ると自然、零人が八文字を見下ろす形になる。

 その角度で、零人は八文字の頭頂部に向け言う。
「アナタは、何故、赤尾マスを殺したのですか?」
「・・・」
 八文字アリスは答えない。
 いや、答えられない。
「あぁ、すみません。うっかりしてました。これじゃあ質問がマズイですよね。この聞き方じゃ、アナタは答えられませんよね」
 そう、今の八文字アリスには『はい』と『いいえ』以外に答える言葉はないのだ。
 その呪縛を掛けたのは、零人だ。
「アナタは、自分が赤尾マスを殺した理由を知っていますか?」
「・・・」
 八文字は無言である。
「アナタは、赤尾マスのチョコレートの意味を知っていますか?」
「・・・」
 八文字は答えない。
「しかも、アレはチョコレートとしては、決定的に間違っている事に気付いてますか?」
「・・・」
 八文字は首を振る事すらしない。
「チョコレートを作るのに暖めるなんて、可笑しいでしょ?チョコレートは冷して固める物です。では、何故、冷さずに暖めたのか分かりますか?」
「・・・」
 零人は、もう八文字の返事を待たない。
「探偵事務所で俺を待ち伏せた理由。扉に招待状を挟んでおいた理由。しかも、その招待状が偽物だった理由。そして、俺を襲った理由。それも、中途半端に気絶させるに止めた理由。最後に、俺の携帯電話を壊した理由」
 零人は矢継ぎ早に並べ立て、そして・・・「それが、アナタに分かりますか?」
 八文字は無言である。
 八文字は答えない。
 八文字は首を振る事すらしない。
 零人は待つ。
 少々気長過ぎるのでは・・・と感じる位の時間、零人は待った。
 そして、漸く、八文字が答える「・・・いいえ」
 そうなのだ。知らないのだ。八文字アリスは、何一つ知らないのだ。
 何故なら・・・。

「それはね、八文字さん。それは、アナタがパッチ物だからですよ」

 八文字アリスがクラリと揺れた。
「それ等の事にはね。何一つ意味なんてないんですよ」
 八文字アリスがクラクラリと揺れた。
「アナタはセバスチャンスピーカー卿のパッチ物、つまりは偽物として、無意味に赤尾マスを殺し、無意味に赤尾マスを不完全なチョコレートに見立て、無意味に俺を襲い、無意味に俺の携帯電話を壊す様に操られていた」
「操られていた・・・?」
 零人の掛けた呪縛が解けた。
「そう、俺がここに辿り着く様に。或は、俺がここに辿り着ける人間であるかを試す為に。アナタは、文字通り身も心もセバスチャンスピーカー卿に操られていたんですよ・・・まぁ、良い様に操られていたって事に関しては、俺も同様ですが・・・」
「セバスチャンスピーカー卿に・・・操られていた・・・セバスチャンスピーカー卿に・・・私は・・・セバスチャンスピーカー卿のパッチ物・・・」
 項垂れた八文字アリスの口から、切れ切れに言葉が漏れる。
 角度的に零人からはその顔は見えない。でも、その声色で十分に判った。
 今、八文字アリスは・・・壊れた。
 その証拠に、八文字アリスの崩れる音が小さく聴こえてくる。
 キリキリキリキリキリキリキリ・・・と。
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