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千夜子-18

「では、話を整理させてもらいますね」
 土佐と名乗った巡査は手帳に書き込みながら言う。
「えーと、あなたが帰宅したところ、この居間に、えー、赤尾……何さんでしたっけ?」
「マスです。赤尾マス」
「そうでした。その赤尾さんの遺体が居間、つまりここですね、居間の卓袱台の上に置かれていた」
「…はい」
「しかも遺体はミンチにされており、さらにそれは四角い立方体にされていた」
「…はい」
「そこであなたは何故かその立方体の遺体を台所にある冷蔵庫にしまった」
「…はい」
 そこで土佐巡査は手帳から顔を上げる。
「で、その遺体はどうなったんでしたっけ?」
 私は答える。

「だから、なくなっちゃったんです」

 頭を掻きながら「なるほどね」と呟く土佐巡査の目には疑念が満ち満ちている。
 冷蔵庫は空っぽだった。
 私だって分かんないよ。本当になくなっちゃってたんだから。

 私はそこで立ち尽くす。
 《入り口》を見つけたと思ったのに。
 箪笥の上に横たわる日本人形と目が合う。

 あの部屋で私はココアパウダーにまみれチョコレート型のなっていた遺体を見つけ、その瞬間思った。このままでは可哀想だ。箪笥の上に置かれたガラスケースから中の日本人形を取り出すとそこにそれを詰めた。私にはそれが赤尾マスの遺体だという概念がなかった。とはいえ詰め終わった時には「箱入り娘ならぬ箱入り婆ちゃんだね」と考えていた。
 冷蔵庫の中身を取り出して全部ゴミ袋に捨て、そこにガラスケース入りのそれをしまった。霊安室代わりだったのかもしれない。ってこれは後付けで私が考えたこと。私は冷蔵庫のドアを閉め、次に赤尾マスの通うフラミンゴ教室に電話をかけて体調不良による長期欠席を伝えると居間のテーブルを布巾がけして掃除機をかけると割った姿見を抜けて……。
 ここが《入り口》から抜けてきた世界。というより私は日常に戻って来ただけだ。そもそもあの《記憶の宮殿》って何だったんだろう。
 私が見たあの光景は本当の記憶だったのか、もしくは何らかの力で書き換えられている世界なのか。それとも単なる夢とか妄想の類いなのか。それなら私はちょっとした気狂いってことになるし、それにしては全てが鮮明過ぎる。

「あなたが遺体を発見したのは随分前ですよね。発見から通報するまで何をしていたんですか?」
 土佐巡査が私の思考を遮って言う。
「店番をしていました」
「そうじゃなくて、何故発見から一ヶ月近く経った今になって通報したのかってこと」
「……面倒くさかったから」
 土佐は苛立った様子で一層大袈裟に頭を掻き出した。本当にボリボリと音が聞こえそうなくらいに。実際頭からボリボリなんて音がしたら掻いたそばから頭の砕けて破片でも零れてきそうだ。
 土佐巡査が「それで一ヶ月も放っておくなんて……」と呟くと彼のポケットから小さな振動音が聞こえ、土佐巡査は「失礼」と断って携帯電話を取り出す。「はい、土佐です」そう言いながら私に背を向けると「ええ」とか「やはり」とか聞こえてくるけど、私は土佐の足元に小さな光を見つける。土佐に気付かれないようにそれに人差し指を押し当てて拾う。
 それは小さな鏡の破片だった。あの姿見の。人差し指の中に歪な私が見える。
「どうかしましたか?」
 土佐が私を見下ろしている。
「いえ、ゴミが」私は指先についた欠片をゴミ箱に捨てる。「電話。何か分かったんですか?」
「あぁ、そうですね」土佐は歯切れの悪い表情で続ける。「念の為と思い調べてもらってんですけどね」
「はい」
「この住所に赤尾マスという人物は住んでいません」

 え?

「赤尾マスって誰ですか?」

 は?
 赤尾のばあちゃんがいない? 存在していないってこと? なんで?
 だって、ずっと、居たし。
「……あの」土佐は私の顔色を窺うように言った。「大丈夫ですか?」
「何が?」
「いや、ですから、その……」
「何? 大丈夫ですかってあたしの頭のこと言ってんの? 脳味噌のこと言ってんの?」
「いや、ですが、現場には遺体がない、そういった形跡もない、そもそも被害者自身が存在しない。と言うことはですね、これを事件として扱うことはですね、非常に……その立件が難しく……」

 土佐巡査は「引き続き捜査はいたします」と丁寧に帰って行った。でもきっと狂人の戯れ言だと思っているんだろう。捜査なんてしてくれるわけがない。
 冷蔵庫を前に私は座り込んでいる。開け放たれたそこから冷気が頬を撫でる。
 それを冷蔵庫の奥に貼り付けてある。
 私はその封筒に手を伸ばす。中身なんて見なくたって分かっている。
 中から二つに折られたカードを開く。

『親愛なる 千夜子さん』

 やっぱりここが《入り口》だったんだ。そして私はやはり自分で全ての事件に向き合わなくてはならないんだ。
 私は双子探偵、千夜子アルフライラ。
 さぼっていた分はここから取り返す。
 
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