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零人-15

 深呼吸をする。
 喉の奥に、まだ数十発の笑いが装填されている様で、それ等が今にもマシンガンよろしく口から飛び出して来そうで、零人は吸った息を吐き出さずに、息で笑いを腹の底に押し込める。
 運転手の怒りが限界に達している事は、その表情や顔色からよく判った。事実、運転手の拳はいつでも零人の顔面に飛び掛かる準備は万端といった感じに、ギュッと固く握られている。
 冗談じゃない。例え女と判明したところで、推定180センチの巨体の繰り出すパンチなんて喰らって、ただでさえ痛みに弱い俺が平気でいれる訳がない。それに、何よりこのままでは、彼女の鉄拳を待たずに、自分自身で笑い死にしてしまう・・・と、零人は必死で笑いを堪えた。
 零人は喉の奥で燻る笑いを刺激しない様に注意しながら「もう決して笑ったり、アナタが不快に思う様な言動は取りませんので、どうぞ車を発進させ、目的地へ向かって下さい」の旨を身振りで伝える。
 運転手が何か言った。が、よく聞こえなかった。というより、意識して聞く事をしなかった。
 それが、ろくな言葉ではない事は明白であったし。その一言で、また笑いが大爆発しないとも限らないし。

 再度、ライトバンが走り出す。クラッチを繋ぐ際、エンジンが『ブオン!』と今迄になく大きく唸ったので、零人は運転手の精神状態と車のエンジン音の関係について少し考える。が、直ぐに止める。そんな事、はっきり言って全然全く微塵も興味はないのだ。
 運転手は無口にライトバンを走らせ、零人も無言で車窓に流れる景色を眺めた。
 程なくして、ライトバンは雑居ビルの地下駐車場に入る。
 ライトバンを停め「降りて」と運転手が言うと、自動で助手席のドアが開く。
 さっさと車を降り、零人を待たずに歩き出した運転手の身長は、針の様に尖がったヒールの高さを差し引いても、当初の予想通り180センチは裕に越えている様に見える。
 零人は車を降り、カーンカーンと地下駐車場に甲高い足音を響かせる運転手の後を追う。
 四、五歩車から離れると、どういう仕組みかライトバンのドアが自動でバタムと閉じた。
 零人は運転手と共に、駐車場奥のエレベーターに乗り、ビルの五階に昇る。そこがこのビルの最上階である事はこのビルに着いた時に確認している。エレベーターの扉が開くと、目の前に三畳間程のロビーがあり、その先に何の変哲もないステンレスの扉が一つある。
 鍵は掛かっていない様で、運転手はそのままその扉を開けると振り返り「どうぞ」と零人に入室を促した。
 その部屋は綺麗な正方形で、ガランとした室内には応接机とそれを挟み二人掛けソファーが二つ、そして部屋の隅に少し大きめの洗濯機の様な物が一台あるだけだった。
 少し大きめの洗濯機・・・と、言うか、凄く巨大な・・・。
 零人は小さく溜息を吐く。
 その先は取り敢えずは考えない。
 等と言ってる段階で既に答えは出てる訳だが、物語に対する少なからずの配慮から、零人はそれを言葉にしない。
 運転手は浅くソファーに腰掛け、まるで捩りドーナッツの様に足を組み「シャワーを浴びて下さい。あなた、ご自分でも気付いていると思いますが、酷く臭いますよ。シャワールームはあの扉の奥です」と、正方形の部屋の一辺、入口から見て右手にある扉を指差した。
 零人はクンクンと自分の体の臭いを嗅いでみる。確かに臭う。でも、酷くって程でもない。
 が、零人は「お言葉に甘えて・・・」とシャワールームに向かう。
 ここ数ヶ月の野宿生活で、零人の体に十分過ぎる程の汗や垢が溜まってる事は確かだし。それを不快に思わない程零人は不潔でもない。
 脱衣所で衣服を脱ぎ、改めて見る己の体は思っていた以上に煤けて黒ずんでいた。
 シャワールームに入りシャワーのコックを開き、全身に熱い湯を浴びる。泥色に濁った水が肌を流れ、両手で数度体を擦ると、その泥色はより濃くなり、渦を巻いて排水溝に吸い込まれる。シャワーコックの脇に用意されていたボディーソープを泡立て体を洗う。泡を濯ぎ落し、もう一度ボディーソープを泡立て体を洗う。髪の毛も同様に一度湯で濯ぎ、シャンプーで泡立て二度洗った。
 漸くスッキリとした気分になり、零人はシャワールームを出て脱衣室に用意されていたタオルで全身を拭う。
 タオルと一緒に、新しい一流ブランドの品と思われる下着とシャツにパンツ、ジャケットが綺麗に畳まれ置かれていた。
 零人はその内の下着だけを着用し、他は今まで着ていたシャツとパンツを穿き、ジャケットは乱雑に折り畳み脇に抱えて正方形の部屋へ戻る。
 戻って来た零人を見て呆れ顔で「あなたの臭いが酷いから、シャワーをお勧めしたのに、その上からまた汚れた服を着られたのでは意味がないんですよ」と言った運転手は、零人がシャワーを浴びている間に着替えたらしく、下着か水着と言っても過言ではない様な、胸だけを隠す程度の小さなカットソーと、太腿も露なショートパンツ姿で、捩りドーナッツの様な足の組み方は変わらずにソファーに座っていた。
「気に入ってるんで」
 零人がそう言うと、運転手は「そうですか、それなら仕方ないですね」と言い「どうぞ、お掛けになって」とソファーを指し示す。
 促されるまま、零人はソファーに腰を下ろす。
 全身の80パーセント近く露出された運転手の肌は、ツルンと白く陶器の様に艶やかで、しなやかな肢体には疵一つない。引き締まり括れた腰に小振りだが綺麗な形の胸。それ等が造る優雅で複雑な輪郭。均整の取れたトップモデルの様な体・・・と、原始人の様な顔。
 目のやり場に困る事甚だしい。
 とは言え、この段階であからさまに視線を逸らしたり、チラチラと盗み見なんて出来る訳がなく、零人はある種の諦めと共に運転手と向き合う。
 運転手がニッと唇を歪め、挑発的に足を組み替える。
「ようこそ、お菓子の家へ。改めまして、私が当家の主人、セバスチャンスピーカー卿こと八文字アリスです」
 運転手が再度自己を紹介した。

 パッチ物でありんす?
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