FC2ブログ
 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
 

千夜子-15

 それはあまりに唐突過ぎた。
 自分の置かれている状況すら理解に難いのに唐突過ぎる登場に私の頭は、文字通り私の頭は、ただ戸惑っている。ちゃんと筋立ててよ。心の準備というのがあるってもんでしょう?
「正確には“はじめまして”という言葉は適当ではないかもしれないね。しかし“久しぶり”と言うには一方的過ぎる」
 そう言うとセバスチャン・スピーカー卿と名乗る人物は立ち上がり、私の周りをゆっくりと歩く。六時の方向、つまり私の真後ろでセバスチャン・スピーカー卿の声がする。もちろん私は振り返ることが出来ない。
「ここがあなたの思う場所、あなたの思う時間です。覚えていないはずがない。あなたは七歳でした。あなたはこの光景を覚えている」
 ひんやりと冷たくて薄暗い闇の世界。そこに転がる幼い腕、足、そしてあどけない頭。それは私と同じくらいの年齢の子どもたち。みんなここに連れて来られた。梵語でダーキニーと呼ばれる荼吉尼様が見下ろすこの部屋で一人、そしてまた一人と細かくされる。荼吉尼様は人間を食べるんだ。穢れのない子どもたちの心の臓を荼吉尼様は喰らうのだ。
 あいつはそう言っていた。
 後にそれは「荼吉尼の子隠し」と呼ばれる。
 私は唯一の・・・。
 唯一、の何?

 私はどうなったんだっけ?

「声を出してはいけません。荼吉尼様は静寂を好まれる」
 背後の声は続く。
 そうだ。音を立ててはいけないんだ。音を立てることは手を上げて「荼吉尼様、私をお召し上がりください」という意思表明と見なされる。暗黙のルールの中で幼い私は声を押し殺して震えるしかなかった。
「分かったよね。君は私を知っている」

 つまり?

「こういうことですよ」と私の眼前に示されるのはあの招待状だ。
 INVITATION。
 薄暗い中に招待状の白さとそれを持つセバスチャン・スピーカーのしなやかな指の白さが際立つ。指はゆっくりとカードが二つに折り曲げる。
 宛名に書かれているのは中村由里音の名前ではない。

 親愛なる、千夜子さん。

「ここがお菓子の家の入り口ですよ」
 そう言うとセバスチャン・スピーカーは近くに転がっている誰かの頭を蹴り上げる。大きく蹴り上げられた頭はカーブがかかって左に弧を描く。脳味噌の重みかもしれない。私はそんなことを考える。その頭は荼吉尼様の手前で失速するとぺちょりと床に落ちる。「次」セバスチャン・スピーカーはもう一つ頭を蹴り上げ、今度はそれが荼吉尼様の肩口に当たってばいーんとアホみたいな音がする。
 ここは≪荼吉尼の子隠し≫と呼ばれた場所。
 それがお菓子の家の入り口ということは中村由里音もここにいるのか。でも≪荼吉尼の子隠し≫は十何年も前の事件で中村由里音はまだ生まれていない。「入り口」って何だ。ここから中村由里音のいるであろうお菓子の家に行けるのか。そこは現在で、今私がいるのは過去の時間なんだろうか。何かの弾みで私は過去にタイムワープして、それは時空間を操る特殊能力を持ったセバスチャン・スピーカー卿の仕業で、こいつもここにいるってことはセバスチャン・スピーカーは現在の集団少女失踪事件だけでなく十数年前の荼吉尼の子隠し事件にも関わっていた。
 何このSF展開は。
 そして何で私はこの状況で普通に思考してんの。
 生首のくせに。
「そういうことじゃないんだ」
 幼い声がする。その声はセバスチャン・スピーカーに気付かれないように小さく、私の耳元で囁かれる。
「ここは過去だけど過去じゃない。厳密に云えば過去なんだけど、これは君が覚えている記憶の中の過去の世界だ。君のあらゆる記憶によって構築された君の記憶の宮殿だ」
 誰?あいつに見つかっちゃうよ。私は次々に子どもの頭でフリーキックをしているセバスチャン・スピーカーのシルエットを目で追いながらもその子に言葉の続きを促す。
それで?
「ここに全ての鍵が隠されている。奴が何でいるのかは分からないけど君は君自身の記憶の宮殿の中で「入り口」を見つけるんだ。それと」
 それと?
「君は生首なんかじゃない」
 そう言うとその子は私の頭を掴んで引っ張る。ぐいと頭が伸びた感覚の後に、体が牛蒡掘りのようにずばるぽんと引き抜かれる。
 私は生首なんかじゃなかった。確かに私には生首になった記憶なんてない。
 記憶が捏造されていた?
 私は私の体が入っていたであろう細い穴を覗き込む。
「とにかく、ありがとう」
 私が振り返ると男の子は大きな靴に踏みつぶされている。

「物語を構築するのは千夜子、お前自身だ」

 脳漿まみれで眼球の飛び出したぐちゃぐちゃ零人がセバスチャン・スピーカーの足下で言う。
スポンサーサイト
 
 

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://chocolatetwins.blog87.fc2.com/tb.php/31-ee300587

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。