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零人-1

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 是々絵利衣。
 見た所、歳の頃ならまだ二十代を折り返してはいないだろうその女は、そう名乗ると無駄に冷房の効いた喫茶店のテーブルに一枚の封筒を置く。
 零人が一度そのテーブルの封筒に視線を落とし、改めて視線を女に移すと、女は無言で零人を見詰めていた。
 いや、寧ろ睨んでいる。
 理由は不明、が女は確かに零人を睨んでいる。
 零人が再び視線を封筒に落し「これは?」と聞くと、女は小さな声で「どうぞ」と言った。
 零人は状況を理解出来ないままに封筒を手に取る。女の言う「どうぞ」を「どうぞ、御覧になって」とか「どうぞ、御自由に」とか、そういった意味の「どうぞ」だろうと判断したからだ。少なくとも「銅像」とか「象、象」の聞き間違いではない筈だ。実際、それはどこからどう見てもただの封筒であり、薪を背負って読書をする二宮金次郎でもなければパオーンなんて鳴いたりもしない。
 零人は封筒の中から掌サイズの象が背中に二宮金次郎を乗せ、パタパタと耳を羽ばたかせ飛び出して来る様を想像し、ニヤリと少し笑い封筒を開ける。
 既に封が切られている横開きの封筒を開くと、出て来た物は象でも二宮金次郎でも当然なく、何の変哲もない葉書サイズの招待状と、おそらくは招待文と思われる手紙が一枚。計二枚の紙切れだった。
 零人が封筒、手紙、招待状と、それぞれをテーブルに並べ「これで、全部ですか?」と女に質問すると、女はその質問を無視して「読んで下さい」と不機嫌に手紙を指した。
「・・・」
 少し苛ついたが、ここは黙って従う。
 状況の全く掴めていない現状を改善し、先に進める最善の方法は従う事である。と零人は手紙に目を通す。
 何の事もない少し堅苦しい文面。数点の意味不明な部分を除けばおそらく市販の教本をそのまま少し書き換えただけの招待文。
 零人が読み終えた手紙をテーブルに置くのとほぼ同時に、女が「どう思います?」と聞いて来た。
「はぁ・・・」
 零人は曖昧な返事を返し苦笑いと共に頭をポリッと掻く。
 どう思うか?って、どうもこうも、それ以前の・・・バン!
 突然、女がテーブルを叩いた。
 お互いの前に置かれたティーカップがガチャガチャと揺れ、周りの客が数名こちらを窺う。
 それ位、強く女はテーブルを叩いた。
 「わっ!」とか「おうっ!」とかの驚きの声を抑え、零人は自分等に好奇の視線を向ける周囲の客に、平静を装い、驚かせてすみません、たいしたアレではないんですよ、この娘ちょっと今日アレの日なんで・・・的な会釈で軽く詫びてから女を睨む。
 一体全体何なんだ。全く不愉快だ。突然電話で呼び出され、給料前の寂しい財布に無理を言って片道一時間の道程をわざわざ電車に乗って来てやれば、何だか分からないまま何だか分からない招待状を突き付けられて読まされて、揚句呼び出した本人は至って不機嫌で、睨んでくるわ、テーブルは叩くわ・・・。

「どう思います?」

 女は零人を睨み付けたまま、もう一度繰り返した。

「どうって、何が?」

 零人も女を睨み付けたまま答える。
 しばしの睨み合い。
 徐々に女の顔が赤く変色し始める。あからさまな攻撃色。
 この女、またテーブルを叩くのか?
 零人が警戒すると、女はその警戒を感じたのか感じなかったのか一呼吸置いてからテーブルは叩かずに「あなた零人さんですよね?」と爆発寸前といった口調で言う。
 この女何様だ?初対面だぞ。いきなり下の名前で呼びやがって・・・等と零人は思わない。何故なら零人には姓がないからだ。あの時、あの二十歳の誕生日、零人は姓を捨てた。だから今の零人はただの零人だ。何なら多田野零人と名乗っても良い。いや、嘘だ。でも今の零人に姓がなく、零人を『れいと』以外の呼び名で呼ぶ人間は周りには一人もいない事は本当だ。
 しかし・・・。
 この女、何故俺の名前を知っているのだ?そして、この女は何故、俺の携帯電話の番号を知っていた?そしてそして、俺は何故、何の疑いもなくこの見ず知らずの女の電話に出て、何の疑いもなくノコノコとこんな所に呼び出されたのか?
 俺はまだこの女に自己紹介もしていない、すなわち連絡先を交換する様な仲では絶対にない。そして、何より俺は知らない者からの電話になんて絶対に出ない。
 それが何故・・・?
 どうやら俺には何か大きな隙がある様だ。
 そして、俺はその何かを失念している。
 故に出来た隙。
 零人は嫌な予感に包まれる。
 失念?
 本当か?
 本当に忘れているのか?
 本当は・・・。
 本当はあの時と同じ様に、振りをしているだけではないのか?
 あの時、俺が姓を捨てたあの時に、とても大きな事を忘れた振りをした時の様に。
 嘘を吐き、己を騙し、誤魔化した、あの時の様に。
 アイツを失った、あの時の様に・・・。
 アイツ。
 クソ!
 今更・・・今更・・・。
 もう完全に別れた筈なのに、まだ付き纏うのか、また出て来るのか・・・。
 と、突然零人が自分の右手の小指をパクリとくわえ、しゃぶり、チュウチュウと音を立て吸う。
 女は唐突な零人の奇行に一瞬ギョッと目を剥いたが、気持ちを立て直し、より一層の怒気を込め「あなた、零人さんなんでしょ!」と今度はテーブルをバンバンと叩き怒鳴る。
「そうですよ」
 零人は口から小指を抜き答える。
 そっとテーブルに置かれた、零人の唾液に濡れ光る右手の小指は、関節一つ分位短い様に女には見えた。
「僕は零人です。アナタはぜぜさん・・・で良いんですよね?」
「そうです!是々です!是々絵利衣です!」
「その是々さんが何か僕に用ですか?」
 バン!バン!バン!
 女は完全に箍が外れた様で、テーブルを叩き続け喚き散らす。
 零人は、もうそれを止めようとも周囲に詫びようともしなかった。
「何か用って!アナタ何なんですか?アナタ平気なんですか?さっきからヘラヘラニヤニヤ、ふざけてるんですか?アナタ、心配じゃないんですか?アナタ、九好の恋人でしょ!」

 くすき・・・?

 ああ・・・。
 成る程そうか、それなら合点がいく。
 屈木井九好。
 そうか、あの娘の・・・だったら・・・成る程・・・。
 零人は漸く朧ながら状況を把握する。
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