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零人-13

 有言実行。と、言うのは少しおかしいのか・・・・・・しかし事実、クリスマス、大晦日、元旦、バレンタイン、そして、桜前線が北上し始める頃になっても、零人は探偵事務所には戻らなかった。

 零人は、何処なのか分からない。何処かである必要もない。そんな何処かにいた。
 何処へ向かうのか、何処へ進むのか、それも定かでない。とにかく進む。何処かの目的地へ向かい歩き続ける。
 この矛盾を零人は、あの日、チョコレート探偵事務所を出てから数ヶ月間、ただ続けてきた。
 思い付く角を曲がり、思い付く小路に入り、大通りを思い付く迄真っ直ぐに進み、三叉路で思い付く迄進路に迷い、思い付いた場所で休み、思い付いた時に寝た。
 そして、この何処かに辿り着いた。
 その間、テレビや新聞雑誌で何度か、いや、何度も赤尾マスの事件の報道を観た。
 事件は世間を圧倒した。
 ある者は怒り、ある者は恐怖し、ある者は不安を訴えた。また、ある者は笑い、ある者は憧れ、ある者は夢中になった。そして、全ての者がこの事件を推理した。
 赤尾マスに関わる全ての人々を疑い、全ての菓子職人を調査し、全ての精神異常、並びにその傾向のある者を取り調べた。が、犯人のめどは付かず、又、赤尾マスのミンチを作った道具も不明のままだった。
 零人はそれ等の報道を目にし耳にする度に、当たり前だ・・・と呆れた。
 当たり前だ。これは正統派ミステリー小説じゃない。犯人は登場人物の中にいるとか、科学的物理的に根拠のない道具や謎の新薬や毒物等は凶器として使われないとか、そんなルールなんて存在しない。犯人も凶器も、目に見える可能性を潰して行く程度の調査では到底見付けだせないのだ。
 とはいえ、その零人本人にも、当然その白羽の矢は向けられた。
 殺害現場やチョコレート探偵事務所を調べれば、残っているであろう足跡や流しに吐いた吐瀉物、壊れた携帯電話、血液等で汚れた為に脱ぎ捨てた衣類、等等等・・・怪しげな、疑われる痕跡はいくらでも見付けられる。しかも、赤尾マスに一番近い立場にいて、赤尾マスの死体発見当日から忽然と姿を消している人物だ。それこそ、いの一番に疑われるのは当然中の当然だ。
 他にも、セバスチャンスピーカー卿の名前も何度かマスコミで見掛けた。
 それも当然。事件現場の二階を調べれば、あの手紙は簡単に見付かっただろうし、そうなら、その手紙の差出人『セバスチャンスピーカー卿』なる人物を怪しまない方が怪しい。
 しかし、警察にはあの手紙と事件の関係性を見付け出す事が出来なかった様で、セバスチャンスピーカー卿は直ぐに捜査線上から消えた。結果、それは一時的に小中学生の間で都市伝説として騒がれた程度の存在で終った。
 そして結局、世間の感心はやはり全て、失踪した零人に向かった。
 マスコミはこぞって零人を調べた。
 零人の生い立ちに経歴、探偵として解決した事件、解決出来なかった事件、探偵としてではなく関わった事件事故、幼少時代から現在迄の交友関係・・・そして、千夜子・・・。
 それ等は、その調査の杜撰さや情報の偏りから、資料として優れているとは到底言い難かったが、その内容は一部の捏造を含め、なかなか面白かった。
 その中には、もう何年も昔の事なのに事細かに思い出せるものや、もはや記憶の片隅に仕舞い込んで、虫喰いの様に断片的になっているものから、全く他人事としか思えないもの迄あった。
 とある雑誌で読んだ天海町で起きた『六地獄殺人事件』。千夜子と二人で解決した事件で、チョコレート探偵事務所開業のきっかけになる事件だった、と記事には書かれていたが・・・零人には全く記憶になかった。
 むしろ、きっかけと言えば・・・と、零人は一つの事件を思い出す。
 それは、まだ、どの雑誌にも新聞にもテレビにも取り上げられていない事件。
 全国各地で一斉に起こった数十名の少女失踪事件、通称『荼吉尼の子隠し』。
 失踪した少女達は、皆その年に七五三を迎える年齢で、必ず最後の目撃証言が荼吉尼天を祭る稲荷神社の付近だった。そして、その数十名の内の一人が当時七歳の千夜子だった。
 零人は両親の雇った、探偵猪口の助手として千夜子を探した。
 結局、その事件は理由も目的も何もかもが不明のまま迷宮入りし、失踪した少女達は誰一人戻っては来なかった・・・唯一、猪口に救い出された千夜子を除いて。
 齢七歳の零人には誰も何も期待はしていなかった・・・が、零人は己に期待していた。そして恐らく千夜子も零人に期待していた筈だ。でも、その期待はあっけなく裏切られた。零人には千夜子を救う事も、事件を解決する事も、何一つ出来なかったのだ。
 そして零人は己に幻滅し、己の無力を知った。
「僕はやっぱり0だ・・・力も無ければ智恵も無い・・・全くの0人だ・・・」零人は猪口にそう言った。
 零人は必死に堪えた。でも涙が、鼻水が、溢れて止まらなかった。
 そんな零人に猪口は「なら、探偵になれ」と言った。
 探偵は力と智恵、『T』an『T』eiは『T』ikaraと『T』ieだ。と言った。
 さすがに酷いこじつけだ・・・と、零人は七歳にして呆れ笑った。が、それは零人を探偵にするには十分過ぎる位のこじつけだった。
 千夜子を護る為に。千夜子をもう二度とがっりさせない為に。零人は探偵になった。

「でも・・・千夜子は・・・」零人はつい口を出た言葉を飲み込む。
 先程から公園のベンチに座り、ゴミ箱の中から拾い出した新聞の赤尾マス殺害関連の記事を読んでいたのだが・・・公園の入口で制服警官がこちらを気にしながら、肩に吊した無線機で何かを話しているのに気付いたからだ。
 零人は冷静を装い立ち上がり公園の奥へ向かう。その先にはもう一つの出口がある。警官が小走りで零人に駆け寄る。出口手前で「あのぅ、失礼ですがアナタ・・・」と、警官の手が零人の肩に掛かった。
 瞬間。
 キッ!
 鋭いブレーキ音と共に、零人の目の前に一台の黒いライトバンが停まった。
 ドアが開き。
「乗りなさい!」
 と、声がした。
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