FC2ブログ
 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
 

零人-11

 零人は吐いた。
 台所の流しに顔を伏せ。最初の内は、食物だったと思われる正体不明の茶色や半透明の物を吐いた。直にそれが尽き、続いて酸味の強い胃液を吐いた。胃液は少し驚く位の量を吐いた。吐けば吐く程、胃の中に、この酸っぱい液が充満してる様な気がして、余計に気持ち悪くなり余計に吐いた。胃液が出なくなると、今度は「オェッ!ボェッ!ゲッ・・・」と、えづき酸っぱい息を吐いた。
 全てを吐き尽くし漸く吐き気が治まる。零人は水道を捻り、流しの吐瀉物を洗い流す。ついでに掌に水を汲み、口を濯ぎ顔を洗う。
 零人は開け放たれた居間の襖の奥に広がる光景を眺め呟く。
「チョコレート・・・」
 再度、激しい吐き気。
 が、今度は吐かない。
 堪える。
 と言うか、もう吐く物なんてこれっぽっちも残ってない。胃液すら涸れ果てた。
 取り敢えず落ち着こう。
 気を静めよう。
 深呼吸。
 と、分かり切っていた事だが、零人の鼻孔に部屋中に立ち込める異臭、赤尾マスの血液や体液や脂や肉と砂糖や粉乳の混ざった匂いが飛び込んでくる。
 正体を知ってしまった今となっては、その匂いに対する不安や恐怖は微塵もない。が、逆にその正体を見てしまった事による視覚効果も加わり、その匂いは、よりきつくより不快だ。
 先ずはこの匂いをどうにかせねばと、換気の為に居間の窓を開けようとして、零人はふと手を止める。
 ちょっと待った。
 これだけの悪臭を放っているのに近隣の住民から何等リアクションがないのはおかしくないか?隣の住人の氏素姓も明確ではない大都会と違い、近隣との信頼関係もきちんと出来ている下町故に、この悪臭に気付いてのノーリアクションは有り得ない。という事は、まだ誰もこの匂いに気付いてない。つまりは、匂いはまだ表には漏れていない。もしくは、気付かれる程には漏れていない。という事。
 ならば、窓は開けない方が良い。今はまだ、無駄に騒ぎは起こしたくない。
 部屋の換気が許されないなら、せめて・・・零人は一先ずエアコンとストーブを止める。
 それだけでもかなり違う筈。
 室温の高さが匂いを助長してるのは確かだし、これ以上この部屋を温めて、このチョコレートの腐敗を進めてしまえば、勿論この匂いは今以上に酷くなる。
 そうでなくとも、これだけの匂い、近隣の住民に気付かれるのは時間の問題。
 と、零人は早速、居間を見回す。
 ぐずぐすなんてしてられない。
 これでも探偵の端くれである。
 第一発見者として、被害者の身内として、今後の処理はさておき、せめて事の大枠位は掴んでおきたい。

 先ず目に付くのは、ちゃぶ台の上。堆く盛られた肉。
 それが一体どの様な方法で処理されたのかは不明だが、その肉は骨も皮も全てを一纏めにして粗く挽かれていた。
 所々、肉に絡まる様にしてある紫色の髪は、明らかに赤尾マスのそれだ。そっと、零人はその一束を引き抜く。ずるっ・・・と、それは僅かな重みと共に簡単に抜ける。髪の束の先には頭皮の切れ端が僅かに残っている。
 それでその肉の塊が赤尾マスの死体である事は、ほぼ零人の中で確定。その塊の体積から、それが赤尾マス丸々一人分である事も間違いないだろう。
 続いて、死体の脇に脱ぎ捨てられたジャージや肌着を確認。どれも間違いなく赤尾マスの物・・・と言って肌着に関しては、別に赤尾マスの肌着を熟知している訳ではないので不明だが。確か、前に一度、似たデザインの物がベランダに干されているのを見た記憶があるから恐らくは間違いない。
 後は、部屋中に些か遣り過ぎとも思える程に広がる血液、体液、脂。それと辺り構わずと言った感じに撒き散らかされた砂糖と粉乳。砂糖は上白糖、粉乳は恐らく全粉乳。
「・・・やはり・・・チョコレートだ」
 零人は又呟く。
 赤尾マス=カカオマスに砂糖と粉乳・・・多少、いびつで不完全ではある・・・が、これは正しくチョコレートだ。

 史上最悪に悪趣味なチョコレート。

 赤尾マスはチョコレートにされて殺された。かつて、ブロッケンマンがラーメンマンにラーメンにされた様に・・・。
 しかし、赤尾マスとブロッケンマンにはあからさまな違いがある。
 それは、ブロッケンマンはラーメンにされた後、きちんとラーメンマンに食べられたが、赤尾マスは・・・。
 そこで零人の思考は一つの壁にぶつかる。

 何故・・・部屋は、暖められていた?

 これがチョコレートなら、熱はおかしい。チョコレートに熱は厳禁だ。だって、溶けてしまう。チョコレートを作り、食べるには、しっかり冷やして固めなくてはならない筈だ。
 では・・・何故・・・。
 零人の右手の小指がゆっくりと口許に近付く。が、零人はその己の無意識の行動に気付き、慌てて手を引き、小指を握り込む様に拳を固める。
 くわえない、しゃぶらない、吸わない、齧らない・・・。
 こんなのは唯のまじないに過ぎないのだ。一見、万能なまじないの、その先にあるのは唯の安心や安堵であって、解答や解決ではないのだ。
 零人は右手をジャケットのポケットに突っ込む。そして、決意。この手は少なくとも、今、目の前にある謎を解く迄は、絶対にポケットから出さない。
 と、ポケットの中の右手が何かに触れる。
 スベスベとした手触りの・・・紙・・・招待状だ。
 そしてそれを契機に、零人の頭に大量のキーワードが浮かび上がりる。
 それは零人の知り得る全ての情報。
 産まれた時から、この瞬間迄に見聞き嗅ぎ触れ感じた全て。
 億兆個の情報。
 それらがランダムに零人の周囲で浮遊する。
 そして零人はつむじの中心から一本の矢を放つ。
 その矢は、一本の細い糸をシュルシュルと零人の脳から引き出しながら、浮遊するキーワードを射抜いて行く。選別整理しながら一つ一つ必要なキーワードだけを丁寧に射抜き、数珠繋ぎにしてゆく。そして、数珠繋ぎにされたキーワードは一つの絵になる。
 それが解答。

 そして、零人は右手をポケットから出す。
 その手には・・・招待状。
スポンサーサイト
 
 

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://chocolatetwins.blog87.fc2.com/tb.php/24-796b15bc

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。