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零人-9

 僕と千夜子はテーブルを挟み椅子に座り、僕達の前にはショートケーキが一つずつ置かれている。
 そのショートケーキに苺は乗っていない。それは最初に食べてしまった、とかそういう事ではなく。最初から苺の乗ってないショートケーキ。
 千夜子はそのショートケーキをフォークでグチャグチャに壊して弄んでいる。
「よせよ。食べ物を粗末にしたら母さんに叱られるぞ」と僕が言う。
 千夜子はキッと僕を睨んで「私、もうケーキ飽きた。毎日毎日ケーキケーキケーキ。揚句に苺も乗ってないんじゃ、ケーキの魅力も半減だわ」と言うと、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。
「ねぇ零人、そもそもこれは何?」千夜子がショートケーキを指差す。
「ショートケーキだよ」僕は答える。
「そうね、ショートケーキ。でも、それは百点じゃないわ。だってそうでしょ?ホイップクリームでスポンジを包んだだけのショートケーキがどこにあって?」
「・・・」
 僕は答えられない。目の前にあるだろう、と言いたい所だが、本心は僕だって千夜子と同じ気持ちなのだ。
「無言。それが答えさ、零人君。ふっ・・・君は本当は、とうの昔にその事に気付いていた」
 千夜子の口調が突然変わる。僕はちょっとの間戸惑い、後つい吹き出しそうになる。それは千夜子が、僕達二人が大好きな夕方のミステリードラマの探偵の真似をしている事に気付いたからだ。しかもおまけに、それが全然似てないのだ。
「・・・バレては仕方ない・・・そうだよ、千夜子君。僕は最初から全て知っていた」
 僕も千夜子に合わせ、その探偵の敵の怪人の口調を真似する。僕は密にその物真似に自信があったから、実はちょっとこういう機会を待っていたのだ。
 軽く身構え、口許に手をやり空想のパイプをふかす仕種の千夜子に対し、僕はすっくと椅子の上に立ち、空想のハットのツバに手をあてる。
「優秀な名探偵チョコレート。さすがの名推理だ!そう、私は知っていた。このショートケーキは、ホイップクリームでスポンジを包んだだけのショートケーキと見せ掛けて・・・その実、苺のショートケーキの苺抜きだという事を!」
「やはりそうだったか。ところで零人君、ここらで我々、紳士協定を結ばないかい?」
「紳士協定?」
「そうさ、二人で協力して、このショートケーキに乗るはずだった苺を見つけ出してはみないかね?」
「え・・・」
 僕は口篭る。
 僕達が食べるショートケーキに苺が乗っていないのは、ずっと昔からの決まり事なのだ。
「さぁ!行こう!」
 千夜子が僕を促す。
「えっ?あっ、ああ・・・」
 僕は益々、口篭ってしまう。
「さぁ!」
 千夜子がもう一度促す。
「あっ、えぇ、でも・・・」
 なおも口篭る僕に「零人、真面目、つまんない」と千夜子はプイと顔を背ける。
「だって・・・」
 僕は千夜子に苺探しをさせない様に母さんから言い遣っているんだ。そんな僕が千夜子と一緒に苺探しをする訳にはいかないのだ。
「ほーんと、零人、真面目」
 千夜子はそう言い捨てると、トタタタと部屋から出て行く。
 僕も千夜子を追い部屋を出る。そして、とても大きな銀色の扉のある、甘い香りの部屋に辿り着く。しかし、そこに千夜子の姿はなかった。
「千夜子!千夜子、何処?」
 僕が千夜子を呼ぶと「こっち、こっち」と小さく千夜子の声が聞こえる。
 千夜子の声の出所は直ぐに分かった。
 その大きな銀色の扉が少しだけ開いていて、その隙間からその声は聞こえて来ていた。
 僕は銀色の扉に近付き「千夜子、出てきなよ」と扉の中へ向け言う。
 すると扉の中から「零人も入ってきなよ」と声がする。
 その声は酷く反響して、何だか千夜子の声ではないみたいだった。
「駄目だよ千夜子。出てきなよ。母さんや父さんに叱られちゃうよ」
 この扉の中は凄く寒くて危ないから入ってはいけないと父さんや母さんにいつも言われていた。
「大丈夫よ。私、平気よ。零人って本当、真面目で臆病ね」
「叱られるのは僕なんだ!千夜子!」
 僕はつい声を張り上げてしまう。だって、いつも悪戯をするのは千夜子で叱られ打たれるのは僕。それを臆病とかって・・・。
 銀色の扉の隙間から千夜子の半身だけが出て来る。扉の中はやはり酷く寒いらしく千夜子の顔は紙の様に真っ白だ。
「この中に苺はなかったわ」
「だったら早くそこから出ようよ」
「でも、代わりはあったわ」
 千夜子はそう言うと鍋を一つ差し出した。
「何?」
「ジャムよ。他にも一杯あるわ。全部ママの手作り」
 千夜子はそう言うと、突然僕の頭にその鍋の中身をぶちまけた。それはドロドロで冷たくて甘酸っぱくて黄色かった。
「黄色いジャムだ」と僕が言うと、千夜子は「マーマレードよ。ママの手作りマーマレード。ママ、メイド、マーマレード」と言い、扉から飛び出し走り去った。
 僕は千夜子を追わなければと思った。けど、目に入ったマーマレードが直ぐに乾燥して固まってしまうから、僕は目を開けられない。目が開けられなければ千夜子を追えない。僕は慌てて目を擦り、瞼を接着させているマーマレードを剥がす。爪でカリカリと引っ掻いて・・・カリカリカリカリカリカリカリカリと・・・。

 零人は瞼に張り付いた目脂を一通り剥がし終えると、ゆっくりと目を開けた。
 しばしの混乱の後、零人は自分が何者かに襲われた事を思い出し、慌てて全身を調べる。
 手足、動く。呼吸、出来る。全身、特に痛む所もない。顔、多少の引き攣れを感る。
 零人がそっと顔を撫でてみると、パラパラと粉が床に落ちた・・・それは凝固した血液。ではなく、乾燥した涙や涎や鼻水・・・。
 体の何処にもそれらしい傷がない事は少し腑に落ちなくもない。が、それに越した事はない。
 それにしても・・・涙に涎に鼻水とは、えらい醜態を晒したものだ・・・。
 零人はその場に体を起こし辺りを見回す。
 状況確認を・・・と思っているが、まだ頭がぼやけて上手く確認できない。
 そのままボンヤリしながら零人は気付く。部屋中に立ち込める甘ったるい匂いに・・・。
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