「何これ?」
仲村由里音の部屋のドアを開けた先に広がっていたのはまさしく森だった。
突然樹海の真ん中に放り出されたような感覚に戸惑いながら視線を上下左右に走らせる。視線の先、高い位置に丸く天窓がある。それが月のようにうっすら室内を照らし、幾重にも生い茂る木葉が浮かび上がる。それが辺り一面、包み込むように部屋中を覆っている。
トンネルを抜けると雪国だった。じゃなくて部屋に入ると森だった。
語呂の悪い川端康成を一人ごちてみる。けど実際『雪国』ってどんな話だっけ。冒頭の一文は有名でも内容まできちんと把握している人ってどれだけいるんだろう。私はもちろん知らない。きっと『雪国』は雪国大変ですみたいな話だろうし『伊豆の踊り子』は伊豆生まれのダンサーの話なんだろう。たとえそれが違ってたからってどうなるもんでもないし。
って脱線しすぎ。
目の前に広がった予想外の光景に思考が脱線している。
何?このいきなりのエキセントリックは?
また一人ごちて目の前に伸びた枝を掴んでみるとそれはゴム製で、葉の表面もつるつると所謂造花の類である。あ、この場合は造花じゃなくて造葉になるのか。
ドアから射し込む明かりのせいもあってこの薄暗闇に目が慣れてくる。由里音の部屋はあらゆる家具、ベッドやら鉄製のシェルフやら至る所にイミテーションの蔦が絡まってこの六畳ほどの立方体の森が形成されているようだ。
しかしまあ悪趣味な部屋だ。ガーデニングの域じゃないもの。そもそも偽物の草木の時点でガーデニングじゃないし。十代の感性は理解出来ないけど、さすがにこの部屋の有り様は十五歳の女の子には似つかわしくない。
とりあえず電気を付けようと振り返るとドアからの光が人影に遮断される。
逆光で顔が判然としない。仲村由基雄?違う?誰…?
私は身動きが出来ない。口はパクパクと息を漏らすばかりで声が出ない。
何?何なの?
影の両足の向こうに誰かが倒れている。
あれは、…雀尊!?
私が動き出すより早くドアは勢いよく閉められる。
ドアに駆け寄りドアノブを探るとガチャリ、私を拒絶するように小さくて大きな音が手のひらに響く。
「ちょっと!開けて!雀尊!仲村さん!ちょっと!」
力の限り叩いてみてもドアは思ったより厚くビクともしない。これがハリウッド映画なら拳銃でドアノブを吹っ飛ばすんだけどそんなもん持ってるわけもないから足の裏で思いっきり蹴り込んでみるけどスーンと反動もなく私は立ち尽くす。
閉じ込められた。
完全なる私のミス。零人を待たずに一人で動いたからこうなるんだ。私一人でも出来る。そんな甘くなかった。零人の登場なくして双子探偵チョコレートは成り立たない。
そんなこと言ってる暇があったら動け。零人ならそうする。
後悔は先に立たないし現実に私は今由里音の部屋に閉じ込められている。
窓から出るしかない。
あの丸い天窓には届かない。どうする?
その前に明かりだ。
私は壁に身を寄せ手探りでスイッチを探してみるけど、ない。それならば照明から垂れた紐があるはずと宙をかいてみるけど、ない。
ない。
ならば携帯のバックライトで…とポケットを探って気付く。
携帯は車に置いたままだ最悪。
「最悪っ」
声に出してみるとますます気分も最悪になってきて、手探りで周りの蔦を引き剥がしてみる。幾重にも重なった蔦の奥、三角の部屋の鋭角の先にぼんやりと光が零れているのが見える。
光?
私は体を屈めて蔦を押し退ける。
そこにあったのは電源の入ったノート型パソコンでモニターには平仮名が三つ並んでいる。
『しちし』 しちし?
まただ。私はモニターの明かりに照らされたキーボードから文字を手繰る。仲村由里音から届いたメールに書かれていた『きすにもも』。その平仮名をキーボード上で対応した英字に置き換えると『GRIMM』になった。同じパターン。
それなら『しちし』は?
〈し〉には〈D〉が、〈ち〉には〈A〉が配置されている。
私は三つの英字を繋げる。
DAD お父さん?
仲村由基雄?
それとも?
・・・どういうこと?