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零人-7

「私達二人でチョコレートだね」
 頭の中を幼い声が掠める。
 ふと、零人は右手に何かを感じ、その感触へ目をやる。
 零人の右手を小さな手がギュッと握っている。
 零人は、その小さな手から白く細い腕を辿り、肩を経て首、顔、と徐々に視線を進める。
 綺麗な丸い頭から、真っ直ぐに淡い栗色の髪の毛を胸元迄伸ばした……少女。
 少女は零人と視線が逢うと、スッ…と目を細め笑顔を作る。
 何故だか妙に照れ臭く感じ、零人が視線を逸らすと、少女はそれを追う様にフワッと髪の毛を揺らし移動して、零人の目を覗き込み、もう一度スッ…と笑顔を作り「千夜子と零人でチョコレートだね」と言った。
 千夜子。
 零人の双子の妹。
 不意に後頭部辺りがプププッと黒く泡立った様に感じ。でもね、千夜子、俺達は離れ離れだと、お前はチョコでも、俺は唯の零人、0人、0の人、存在しない人、つまり人ですらない、人で無し…。そう言いいかけて零人は慌てて口を塞ぐ。
 千夜子の顔が一瞬でクチャクチャに歪み、その縦長で黒と言うより碧に近い瞳から、ポロポロと涙が溢れるのが容易に想像出来たから…と言うか、前にも一度、零人はそう言って千夜子を泣かした事を思い出したからだ。

 くらり。

 一瞬、地平が何度か傾いた気がした。
 膝の上に重ねた写真がバラバラと散り、零人は我に帰る。
 白昼夢。
 いや、白昼ではない、今は夜。
 なら、幻覚?デジャブ?
 似た様な物だが少し違う…アレは唯の記憶だ。唯、ほんの少しリアルなだけの記憶。
 零人は、小さくか弱い千夜子の掌の感触がいまだに残る右手を眼前に翳し、グッパッグッパッと握ったり開いたりしながら、掌や甲をいろんな角度から眺める。
 間接一つ分短い右手の小指。
 欠損感。
 いつだってそこにいる気がするのに、リアルに感じるのに…そこに今、千夜子はいない…何年も前から既に千夜子はいないのに…俺は右手小指の先にリアルに千夜子を感じている…。
 ファントムペイン。

 零人はブルルンと頭を振り、床に散らばった写真を拾い集め木箱に仕舞う。
 壊してしまった南京錠は直せないが、木箱は元あった場所にきちんと戻しておく。
 そして、零人はもう一度頭をブルルンと振り、チャンネルを切り替える。
 今、考えなければならないのは千夜子の事ではない、屈木井九好の事なのだ。
 って、分かっている事がゼリーにクッキーに…チョコレート、ではちょっとアレだが。何一つとしてぼやけたままよりは、何か一つでも明確明瞭であるに越した事はない。
 その一つが全ての始まりなのだから。
 と、零人は煙草を取り出し火を付ける。
 一服済ました後に、ここを出よう。
 収穫としては十分だ。言い方はおかしいが、屈木井九好はそんな易々と失踪の手掛かりを残す様な安易な女ではないのだ。
 もし、この部屋に他に何等かの重大な手掛かりが残されているなら、それは、屈木井九好が自ら残した手掛かりだ。零人、もしくは零人と立場を類する誰かに宛てて残された手掛かりだ。それを零人が見付けられない訳がない。つまり、零人に見付けられない手掛かりは、零人に見付けられたくない手掛かり。ならば、それはそもそも零人にとっては手掛かりでも何でもないという事。
 少なくとも屈木井九好と言う女に関してはそうなのだ。
 それにやはり、主人不在の女性の部屋に無断で入り込み、勝手に室内を漁り回るのはあんまり良い趣味とは言えないし…。

 部屋を出る際、零人はもう一度室内を見回して、そこで不意に屈木井九好は本当に失踪したのだろうか?と、考えた。
 確かに、この部屋には今にも「ただいま」なんて、ヒョコっと近くのコンビニに買い出しに出ていた屈木井九好が帰って来る様な、そんな主人の失踪を感じさせない雰囲気がある。
 とは言え、まぁ、友人の是々絵利衣があれ程迄に興奮して心配しているのだ。失踪自体は間違いはないだろう。事実、少なくとも今現在、屈木井九好は俺の前にはいない。つまりは、それは何にせよ失踪中という事なのだ。
 が、唯の失踪なのだろうか?
 そう考えると、この部屋の主人の失踪感のなさも、あの、喫茶店での是々絵利衣の取り乱し様も、酷く演劇的に思えて来なくもない。
 誰かの演出?
 だとすれば、その誰かとは?
 そしてその理由は…いや、止めよう。今の段階なら可能性は無限大だ。
 仮定を追うよりも、目の前の確定を辿る。それが一番の近道だ。その先が屈木井九好の行方であり、その演出家の席なのだ。まぁ、実在すればの話だが。
 と、零人はブーツを履き玄関から出る。入った時同様に合鍵で施錠し、その鍵は電気メーターの上に隠して、その今にも屈木井九好が帰宅してきそうな部屋を後にした。
 
 だが、この部屋に屈木井九好が帰ってくる事はもう二度とない。もう少し先の事になるが、零人が次に出会う屈木井九好は、あの木箱の中の写真のどの屈木井九好とも似ても似つかない姿で…死んでいるのだから。

 零人は来た時同様の暗い路地を通り、チョコレート探偵事務所へ向かう。
 赤尾マスはまだ帰宅してないのか、赤尾煙草店の店内は真っ暗だ。
 零人は煙草店脇の階段下で一度立ち止まり、二階の探偵事務所の鉄扉を見上げる。
 零人がこの部屋に誰かの気配を感じたのは確か……零人はアナデジダブル表示の腕時計に目をやる。
 アナログ八時六分、デジタル八時十四分。勿論、赤尾マスから返された携帯電話で正確な時間も続けて確認、八時十六分。
 屈木井九好のアパートに行って戻って来る迄の間約一、二時間と言ったところ、さすがに不法侵入者も帰ったろう。
 が、しかし用心に用心を重ね、零人はブーツを脱ぎ足音を消し階段を上る。ドアノブを掴む前にドアに耳をあてる。冷えた鉄扉の感触、室内に人の気配はない。
 零人はゆっくりノブを回す。施錠されている。ポケットのキーチェーンを伸ばし、開錠…と、零人は鉄扉と床の隙間に白い物を見付ける。
そっと手を伸ばし、隙間からそれを引き抜く。

……封筒。
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