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零人-5

 赤尾煙草店の向かい、商店街の名前の由来である天海稲荷の小さな社の階段に腰を下ろし、数分間、零人はチョコレート探偵事務所を観察した。
 ヒソヒソとした話声や人の動く気配は確かに感じた。いくら扉に隔たれていようが、気のせいとか勘違いではない。今、チョコレート探偵事務所、つまりは俺の部屋の中には誰かがいる。言ってもそこは住み慣れた俺の部屋なのだ。それは間違いない。
 それが誰なのかは見当も付かないが、その誰かが「やあ!おかえり!」と、ニコやかに出迎えてくれるなんて期待を零人はしない。
 何故なら零人は意外に用心深く、外出時には火の元と戸締まりの用心は絶対に欠かさないのだ。つまり、今、部屋の中にいる者は、事前に合鍵を用意出来たか、鍵を使わずに錠を解く事が出来るという事になる。で、合鍵を作った記憶も、そういった技術の持ち主にも心当たりがないのだから・・・。

 零人は二階への警戒を怠らずに、赤尾煙草店のカウンターに向かう。
 不在札が出されているのだから、店内は勿論無人でカウンター越しに見える店内はほぼ闇である。
 赤尾煙草店とチョコレート探偵事務所の入口は、便宜上一階と二階の二つに別けて作られてるが、奥の居住スペースは共同であり屋内の階段で昇り降り出来る様になっている。
 成る程、こっちから入り込むって手もあるか・・・。
 が、それもたいした違いではない。煙草屋、探偵事務所、共に鍵は一つずつしか作ってはいないのだ。侵入条件は探偵事務所と同じ。こちらも店主がいなければ不法な手段を用いる以外に侵入手段はない。
 とは言え、元々は平屋だった赤尾煙草店に新に無理苦理増築した探偵事務の扉に比べて、赤尾煙草店の扉の方が横開きで建て付けも悪く鍵も旧式って事もあり、侵入するなら二階からより一階からの方が多少お勧めではあるが・・・。
 と、零人はカウンターのガラス窓の両端のサッシ部分を両手で挟む様に摘むと、カタカタと上下左右に揺すり、いとも簡単にカウンターからガラス窓を取り外す。
 なんだかんだで、コツさえ掴めば簡単に侵入可能な城なのだよ。赤尾煙草店及びチョコレート探偵事務所等、フフフ・・・。
 多少の自虐の後、零人はカウンターに身を乗入れて、手を伸ばしカウンターの下のショーケースから煙草を二箱と、その脇の小箱からサービスの百円ライターを一つ拝借。
 無地の赤い百円ライターと白黒のガキっぽいパッケージの煙草、既に廃盤になっている『JOKER』。
 それらを手に零人は再度、天海稲荷の社の階段に座る。
 JOKERのパッケージと共に特に理由もなく続けていた禁煙を破り、引き抜いた一本を唇に挟みライターを擦る。
 ポッと赤い火が点り、煙草に火を移す迄の間、零人の周囲が僅かに照らされる。
 朱の剥げた鳥居。
 白い小さな狐達。
 黒く煤けた祠。
 その祠の中には、今は暗くて見えないが、白狐に跨がる荼吉尼天の佛画が奉られている。
 さすがに少し薄気味悪い。
 久し振りの煙草が、軽い目眩と共に甘いチョコレートフレーバーを口に広げる。
「子供の煙草じゃ、今時そんな物、スカのゾクでも吸わんよ」
 それはマスによるJOKERの評価。
 横須賀の暴走族がこの煙草を吸うか吸わないかは知らないが、確かに子供の煙草だ。
 零人は小さく「煙草は二十歳になってから」と呟いた。

 立て続けの四本目に火を着ける。口の中はさすがに甘ったるく気持ちが悪い。唾を吐こうとして零人は何と無く狐か荼吉尼天の視線を感じた気がして、社から二、三歩離れ道路に唾を吐く。
 いまだ動きのないチョコレート探偵事務所に、零人はいっそ怒鳴り込んでやろうかとも考えたが、勿論そんな事はしない。
 先程、零人は何の用心もせずにドカドカ足音を響かせて階段を登った。なら、事務所に潜む誰かにその音が聞かれた可能性は大、仮にそれが聞こえてなかったとしても、気配位は感じただろう。何の用での来訪かは分からないが、不法な侵入者なら外の気配にそれなりの気は配っていた筈だ。その上でのこの沈静、警戒の必要は十分にある。
 不用意に乗り込み、待ち伏せされてましたなんて、間抜けにも程がある。しかし、このままここに居続けるのも、また間抜け。
 ならば・・・今、すべき事を考えよう。
 零人は煙草の火をブーツの裏で揉み消し、五本目に火を着けようとして止める。
 その答えを出すのに、煙草一本分のシンキングタイムなんて不要。
 何故なら、零人は帰りの電車の中でずっと考え続けていたのだから。
 屈木井九好の失踪。屈木井九好の友人是々絵利衣。二人に送られた招待状。アイツの気配。小指の疼き。それらから感じるある感覚。
 そして、ここへ来てのチョコレート探偵事務所への不法侵入者。
 少し大袈裟で、今更な気もするが、零人は漸くその感覚の正体に至る。

『俺は何か事件に巻き込まれている』

 その『何か』が何なのかは分からない。恐らく、分かってしまえばこの物語は終る。つまりは、その『何か』を暴けばこの物語は終る。
 では、今、俺がすべき事は・・・取り敢えず本気で屈木井九好を探す。いや、この際『取り敢えず』も禁止で、屈木井九好を探す。

 この物語を本当に終らせたいと思うのなら・・・。

 零人は立ち上がりジーンズの泥を払い、社の脇の植え込みにブーツの踵で穴を掘り、四本の煙草の吸い殻を埋める。
 チョコレート探偵事務所の不法侵入者はまだ潜んでいるのか?実は、零人の帰宅の足音を聞き、裏手の窓かベランダから既に逃げているかもしれない。
 もし、まだ潜んでいて、これから帰宅して来るであろう赤尾マスは大丈夫か?その心配はない。あの年齢不詳の皺くちゃ婆は、あれで各種格闘技から武術に気功、礼儀作法にお茶にお華、合わせてウン十段って程のスーパー婆なのだ。身の心配ならするが損。
 外したままのカウンターのガラス窓も、ここいらで赤尾煙草店の煙草を盗む者は零人以外にいないから心配は無用。

 それでは・・・と、零人は駅へ向かう商店街を歩き出した。
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