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千夜子-16

 記憶の宮殿。
 人食いハンニバルことハンニバル・レクターは記憶の中に千の部屋がある広大な宮殿を構築していた。レクター博士は如何に拘束されていようと頭脳の中でその宮殿を自由に歩き回り、さらには記憶の中を生きることも出来る。
 そしてここが私の記憶の宮殿。私の、記憶。
 荼吉尼様の部屋にいる目の前のセバスチャン・スピーカー卿と踏み潰された零人。
 それらは私の記憶の中ですんなりと結びつかない。すんなりどころか結びつくわけがない。私には、そんな記憶は、無い。つまり私の人生の中には零人がセバスチャン・スピーカー卿に踏み潰されているなんてシーンは存在しない。
 じゃあ記憶でも何でもないじゃん。記憶力云々じゃなくて私の精神がどうにかしちゃってるんだろうか。
 これは私の記憶の中にねじ込まれた虚構だ。
 私は屈んだ体勢のままスピーカー卿に飛び付いて足を抱える。足下にあったはずの零人はいなくなっている。やっぱり。私はその勢いのままにスピーカー卿を仰向けに倒し、その顔面に渾身の右ストレートを叩き込む。そのイメージを明確に浮かべながら右手を繰り出すとその通りに私のパンチがスピーカー卿の中心にめり込みスピーカー卿は「むう」と声を出したと思うと弾ける。ぱっきゃーん。やっぱりね。私はキラキラ舞い散るセバスチャン・スピーカー卿の欠片を見ながら思う。
 ここが私の思う場所、私の思う時間。
 INVITATION。
 私は私の中に招かれた。私がここにいることには何らかの意味がある。そして零人(仮)が言っていた言葉。「ここに全ての鍵が隠されている」「君は君自身の記憶の宮殿の中で「入り口」を見つけるんだ」
 踏み潰された零人は本当の零人ではないけれどその言葉はまさしく零人からのメッセージだと分かる。だって私たちは二人で一人のチョコレートなんだから。
 鍵。入り口。
 私は立ち上がってこの部屋の出口(入り口?)に向かって走り出す。薄暗闇の中でそれがどの方角にあるか分からないけど分かる。記憶のままに走る。そんな細かいことは覚えていないけど私には分かる。だって私は、千夜子アルフライラはこの状況を一度切り抜けているはずなのだ。だから、記憶という感覚に従って走る。するとやっぱり壁にぶつかり、そこにあっさりドアがある。部屋を出るとそこはホテルの廊下のようになっている。その長い廊下は右奥に緩やかに曲がって続き、等間隔に向き合ったドアが並んでいる。廊下は私が出て来たドアのところで行き止まりになっている。ここが私の記憶の最果てなんだ。私は一度だってこの部屋を開けたことなんてない。このドアだけやけに古びているように見える。
 私は物語を構築するために歩き出す。物語を構築するのは、私自身なのだ。中村由里音の失踪、お菓子の家、セバスチャン・スピーカー卿、私の記憶の宮殿。全ては〈私〉=〈千夜子アルフライラ〉という物語を構築する。
 いくつかのドアを悠然と通り過ぎる。それらのドアを開けなくても私にはそれが今の私に何の関係もないことが分かる。私は〈答え〉=〈鍵〉=〈入り口〉に向かって進んでいるだけだ。まさに記憶の糸を手繰るように、物語の意図を手繰りながら、進むだけだ。寄り道は不要。私の物語に冗長さなんて要らない。
 でも。
 私は歩を進めながら根本的な疑問に向き合う。
 なんで私の記憶の中にセバスチャン・スピーカー卿がいるわけ?
 スピーカー卿は言った。「“久しぶり”というには一方的過ぎる」つまりは私はスピーカー卿を知らないけど、スピーカー卿は私を知っていた?あの七歳の私を?そして今も?
 ?どういうこと?
 ハテナだらけで混乱しそうになる。あの時私たちを攫った犯人がセバスチャン・スピーカー卿だったと考えるのが妥当なんだろうか。そして今度もまたたくさんの少女を攫っているんだろうか。
 これらの疑問は私が〈鍵〉=〈入り口〉を見つければ解決するんだろうか。

「That's right」
 ふいに声がして、立ち止まって声のする方に振り向いてもそこには誰もいなくて代わりに壁に落書きがしてある。
 そこには人差し指だけを伸ばした右手が描かれていて吹き出しがついている。
『Supreme! Sweets! Sanctuary!』
 例の招待状と同じ文句だ。
 人差し指が指し示すドアは他のドアとは違って古臭い木製の見慣れたものだ。
 私にはそれが赤尾煙草店の台所のドアだとすぐに分かる。
 そしてもう一つ気付く。
 壁に描かれた右手は、小指が明らかに欠損している。
 僕の右手を知りませんか。そんな歌を思い浮かべながら私は慣れたドアノブをひねり、開ける。
 甘い香りを私は思いっきり吸い込む。

 それはチョコレートの匂いだ。
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零人-15

 深呼吸をする。
 喉の奥に、まだ数十発の笑いが装填されている様で、それ等が今にもマシンガンよろしく口から飛び出して来そうで、零人は吸った息を吐き出さずに、息で笑いを腹の底に押し込める。
 運転手の怒りが限界に達している事は、その表情や顔色からよく判った。事実、運転手の拳はいつでも零人の顔面に飛び掛かる準備は万端といった感じに、ギュッと固く握られている。
 冗談じゃない。例え女と判明したところで、推定180センチの巨体の繰り出すパンチなんて喰らって、ただでさえ痛みに弱い俺が平気でいれる訳がない。それに、何よりこのままでは、彼女の鉄拳を待たずに、自分自身で笑い死にしてしまう・・・と、零人は必死で笑いを堪えた。
 零人は喉の奥で燻る笑いを刺激しない様に注意しながら「もう決して笑ったり、アナタが不快に思う様な言動は取りませんので、どうぞ車を発進させ、目的地へ向かって下さい」の旨を身振りで伝える。
 運転手が何か言った。が、よく聞こえなかった。というより、意識して聞く事をしなかった。
 それが、ろくな言葉ではない事は明白であったし。その一言で、また笑いが大爆発しないとも限らないし。

 再度、ライトバンが走り出す。クラッチを繋ぐ際、エンジンが『ブオン!』と今迄になく大きく唸ったので、零人は運転手の精神状態と車のエンジン音の関係について少し考える。が、直ぐに止める。そんな事、はっきり言って全然全く微塵も興味はないのだ。
 運転手は無口にライトバンを走らせ、零人も無言で車窓に流れる景色を眺めた。
 程なくして、ライトバンは雑居ビルの地下駐車場に入る。
 ライトバンを停め「降りて」と運転手が言うと、自動で助手席のドアが開く。
 さっさと車を降り、零人を待たずに歩き出した運転手の身長は、針の様に尖がったヒールの高さを差し引いても、当初の予想通り180センチは裕に越えている様に見える。
 零人は車を降り、カーンカーンと地下駐車場に甲高い足音を響かせる運転手の後を追う。
 四、五歩車から離れると、どういう仕組みかライトバンのドアが自動でバタムと閉じた。
 零人は運転手と共に、駐車場奥のエレベーターに乗り、ビルの五階に昇る。そこがこのビルの最上階である事はこのビルに着いた時に確認している。エレベーターの扉が開くと、目の前に三畳間程のロビーがあり、その先に何の変哲もないステンレスの扉が一つある。
 鍵は掛かっていない様で、運転手はそのままその扉を開けると振り返り「どうぞ」と零人に入室を促した。
 その部屋は綺麗な正方形で、ガランとした室内には応接机とそれを挟み二人掛けソファーが二つ、そして部屋の隅に少し大きめの洗濯機の様な物が一台あるだけだった。
 少し大きめの洗濯機・・・と、言うか、凄く巨大な・・・。
 零人は小さく溜息を吐く。
 その先は取り敢えずは考えない。
 等と言ってる段階で既に答えは出てる訳だが、物語に対する少なからずの配慮から、零人はそれを言葉にしない。
 運転手は浅くソファーに腰掛け、まるで捩りドーナッツの様に足を組み「シャワーを浴びて下さい。あなた、ご自分でも気付いていると思いますが、酷く臭いますよ。シャワールームはあの扉の奥です」と、正方形の部屋の一辺、入口から見て右手にある扉を指差した。
 零人はクンクンと自分の体の臭いを嗅いでみる。確かに臭う。でも、酷くって程でもない。
 が、零人は「お言葉に甘えて・・・」とシャワールームに向かう。
 ここ数ヶ月の野宿生活で、零人の体に十分過ぎる程の汗や垢が溜まってる事は確かだし。それを不快に思わない程零人は不潔でもない。
 脱衣所で衣服を脱ぎ、改めて見る己の体は思っていた以上に煤けて黒ずんでいた。
 シャワールームに入りシャワーのコックを開き、全身に熱い湯を浴びる。泥色に濁った水が肌を流れ、両手で数度体を擦ると、その泥色はより濃くなり、渦を巻いて排水溝に吸い込まれる。シャワーコックの脇に用意されていたボディーソープを泡立て体を洗う。泡を濯ぎ落し、もう一度ボディーソープを泡立て体を洗う。髪の毛も同様に一度湯で濯ぎ、シャンプーで泡立て二度洗った。
 漸くスッキリとした気分になり、零人はシャワールームを出て脱衣室に用意されていたタオルで全身を拭う。
 タオルと一緒に、新しい一流ブランドの品と思われる下着とシャツにパンツ、ジャケットが綺麗に畳まれ置かれていた。
 零人はその内の下着だけを着用し、他は今まで着ていたシャツとパンツを穿き、ジャケットは乱雑に折り畳み脇に抱えて正方形の部屋へ戻る。
 戻って来た零人を見て呆れ顔で「あなたの臭いが酷いから、シャワーをお勧めしたのに、その上からまた汚れた服を着られたのでは意味がないんですよ」と言った運転手は、零人がシャワーを浴びている間に着替えたらしく、下着か水着と言っても過言ではない様な、胸だけを隠す程度の小さなカットソーと、太腿も露なショートパンツ姿で、捩りドーナッツの様な足の組み方は変わらずにソファーに座っていた。
「気に入ってるんで」
 零人がそう言うと、運転手は「そうですか、それなら仕方ないですね」と言い「どうぞ、お掛けになって」とソファーを指し示す。
 促されるまま、零人はソファーに腰を下ろす。
 全身の80パーセント近く露出された運転手の肌は、ツルンと白く陶器の様に艶やかで、しなやかな肢体には疵一つない。引き締まり括れた腰に小振りだが綺麗な形の胸。それ等が造る優雅で複雑な輪郭。均整の取れたトップモデルの様な体・・・と、原始人の様な顔。
 目のやり場に困る事甚だしい。
 とは言え、この段階であからさまに視線を逸らしたり、チラチラと盗み見なんて出来る訳がなく、零人はある種の諦めと共に運転手と向き合う。
 運転手がニッと唇を歪め、挑発的に足を組み替える。
「ようこそ、お菓子の家へ。改めまして、私が当家の主人、セバスチャンスピーカー卿こと八文字アリスです」
 運転手が再度自己を紹介した。

 パッチ物でありんす?
 
 

千夜子-15

 それはあまりに唐突過ぎた。
 自分の置かれている状況すら理解に難いのに唐突過ぎる登場に私の頭は、文字通り私の頭は、ただ戸惑っている。ちゃんと筋立ててよ。心の準備というのがあるってもんでしょう?
「正確には“はじめまして”という言葉は適当ではないかもしれないね。しかし“久しぶり”と言うには一方的過ぎる」
 そう言うとセバスチャン・スピーカー卿と名乗る人物は立ち上がり、私の周りをゆっくりと歩く。六時の方向、つまり私の真後ろでセバスチャン・スピーカー卿の声がする。もちろん私は振り返ることが出来ない。
「ここがあなたの思う場所、あなたの思う時間です。覚えていないはずがない。あなたは七歳でした。あなたはこの光景を覚えている」
 ひんやりと冷たくて薄暗い闇の世界。そこに転がる幼い腕、足、そしてあどけない頭。それは私と同じくらいの年齢の子どもたち。みんなここに連れて来られた。梵語でダーキニーと呼ばれる荼吉尼様が見下ろすこの部屋で一人、そしてまた一人と細かくされる。荼吉尼様は人間を食べるんだ。穢れのない子どもたちの心の臓を荼吉尼様は喰らうのだ。
 あいつはそう言っていた。
 後にそれは「荼吉尼の子隠し」と呼ばれる。
 私は唯一の・・・。
 唯一、の何?

 私はどうなったんだっけ?

「声を出してはいけません。荼吉尼様は静寂を好まれる」
 背後の声は続く。
 そうだ。音を立ててはいけないんだ。音を立てることは手を上げて「荼吉尼様、私をお召し上がりください」という意思表明と見なされる。暗黙のルールの中で幼い私は声を押し殺して震えるしかなかった。
「分かったよね。君は私を知っている」

 つまり?

「こういうことですよ」と私の眼前に示されるのはあの招待状だ。
 INVITATION。
 薄暗い中に招待状の白さとそれを持つセバスチャン・スピーカーのしなやかな指の白さが際立つ。指はゆっくりとカードが二つに折り曲げる。
 宛名に書かれているのは中村由里音の名前ではない。

 親愛なる、千夜子さん。

「ここがお菓子の家の入り口ですよ」
 そう言うとセバスチャン・スピーカーは近くに転がっている誰かの頭を蹴り上げる。大きく蹴り上げられた頭はカーブがかかって左に弧を描く。脳味噌の重みかもしれない。私はそんなことを考える。その頭は荼吉尼様の手前で失速するとぺちょりと床に落ちる。「次」セバスチャン・スピーカーはもう一つ頭を蹴り上げ、今度はそれが荼吉尼様の肩口に当たってばいーんとアホみたいな音がする。
 ここは≪荼吉尼の子隠し≫と呼ばれた場所。
 それがお菓子の家の入り口ということは中村由里音もここにいるのか。でも≪荼吉尼の子隠し≫は十何年も前の事件で中村由里音はまだ生まれていない。「入り口」って何だ。ここから中村由里音のいるであろうお菓子の家に行けるのか。そこは現在で、今私がいるのは過去の時間なんだろうか。何かの弾みで私は過去にタイムワープして、それは時空間を操る特殊能力を持ったセバスチャン・スピーカー卿の仕業で、こいつもここにいるってことはセバスチャン・スピーカーは現在の集団少女失踪事件だけでなく十数年前の荼吉尼の子隠し事件にも関わっていた。
 何このSF展開は。
 そして何で私はこの状況で普通に思考してんの。
 生首のくせに。
「そういうことじゃないんだ」
 幼い声がする。その声はセバスチャン・スピーカーに気付かれないように小さく、私の耳元で囁かれる。
「ここは過去だけど過去じゃない。厳密に云えば過去なんだけど、これは君が覚えている記憶の中の過去の世界だ。君のあらゆる記憶によって構築された君の記憶の宮殿だ」
 誰?あいつに見つかっちゃうよ。私は次々に子どもの頭でフリーキックをしているセバスチャン・スピーカーのシルエットを目で追いながらもその子に言葉の続きを促す。
それで?
「ここに全ての鍵が隠されている。奴が何でいるのかは分からないけど君は君自身の記憶の宮殿の中で「入り口」を見つけるんだ。それと」
 それと?
「君は生首なんかじゃない」
 そう言うとその子は私の頭を掴んで引っ張る。ぐいと頭が伸びた感覚の後に、体が牛蒡掘りのようにずばるぽんと引き抜かれる。
 私は生首なんかじゃなかった。確かに私には生首になった記憶なんてない。
 記憶が捏造されていた?
 私は私の体が入っていたであろう細い穴を覗き込む。
「とにかく、ありがとう」
 私が振り返ると男の子は大きな靴に踏みつぶされている。

「物語を構築するのは千夜子、お前自身だ」

 脳漿まみれで眼球の飛び出したぐちゃぐちゃ零人がセバスチャン・スピーカーの足下で言う。
 

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