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零人-12

 居間のカーテンを開けると、雨戸が閉じられていた。
 成る程、ご丁寧だ。
 これなら、この匂いが表に漏れなかったのも、あながち頷けなくもないか…。
 と、零人は窓を開け、滅多に出番のないが故に開きの悪い雨戸をガタガタと揺すり開く。
 瞬間。

 パン!

 そんな音が鳴った気がした。が、それは気がしただけ。
 音は鳴ってない。それでも零人は顔面を押さえ、退け反った。
 何!?
 痛みはない。が、強烈なストレートパンチの様な衝撃が確かに零人の眼球に激突した。
 そして。
 視界が真っ白に弾け飛んだ。
 何!?なに!?
 眼球の裏迄焼け付いた様な白に、零人は慌てて目を擦り、瞬きを繰り返す。
 白濁した視界が直に正常に戻ると、それに伴い状況を把握。
 零人は雨戸の影に一時避難して呟く。

「これは、予想してなかった…今は昼か?」

 男性の拳一つ程開いた雨戸から差し込む陽射しの白さから、零人はそう判断した。
 しかし、幾ら、時刻を知る術を今現在持ち合わせていないとはいえ。この誤差、このギャップは少し衝撃的だ。
 零人は現在を深夜、もしくは、せいぜいが明け方辺りだろうと予想していたのだ。
 窓を開けたら、紺色の町並みにチチチッ…なんて小鳥でも鳴いていて「もう、こんな時間か…俺が事務所に戻ったのが確か何時で…ああ、約何時間も俺は気絶を…」なんて呟くつもりだったのに…。
 全く、まるでモグラにでもなった気分だ。光を見れば目を潰され、いつもいつも土の中なら、今が何時かなんて知り様もない…。
 が、そうそうボヤボヤもしてられない。僅かに開いた雨戸から差し込む陽射しに曝されて、リアルさを増した赤尾マスの挽き肉と、居間中に広がる血液、体液、脂に砂糖に粉乳…。
 急ごう。
 いや、別に急がずとも俺の出した答えは逃げはしないだろう。
 が、答え自体が逃げ出さずとも、俺自身がその答えから引き離される可能性だってなくはないのだ。
 折角見つけた答えだ、ここで見失う訳にはいかない。
 例えそれが、実際はほんの小さな、答えの破片程度のものであっても、取り敢えずは片付けておかなければ。
 解る問題から解いて行く。
 これはテストの基本だ。

 零人は雨戸を開け放つ。
 途端に居間を包む暴力的な程の陽射し。
 間違いなく今は昼だ。
 澄んだ清潔な空気が零人の頬を撫でる。居間の熱気で汗ばんだ肌が心地良く冷やされる。
 空気は昨日や一昨日のそれと大差ない様に思え、零人は少し安心する。
 少なくとも三年寝太郎っ訳ではない様だ。
 室内の空気の流れを確認。空気は暖かな場所から冷たい場所へ流れる。間違いない。今、この部屋の悪臭をふんだんに含んだ空気は物凄い早さで表へと流れ出ている。これなら直に近隣の方々もこの部屋の状況に気付いてくれるだろう。
 零人はそう確信すると、二階の自室である探偵事務所に戻る。
 警察へは…大丈夫、それは気付いた誰かが通報してくれる。そんな心配等いらない位に、ここの商店街は人情に溢れ、赤尾マスは皆に好かれている…いや、好かれていたのだ。
 事務所に戻ると先ずは赤尾マスの血や何やで汚れた靴下を脱ぐ、ついでにズボンの裾も同様に汚れているので脱ぐ。そこで、どうせだからと、零人はジャケットもシャツも下着も全てを着替える。
 と言って心機一転、イメージチェンジと言う訳でもなく、ファッションは殆ど変わらない。
 ジーンズにシャツにジャケット、違いと言ったら、それぞれの生地の色や素材位なものだ。と、言って布生地等の知識をそれ程持ち合わせていない零人にとって、その違いにしても綿だナイロンだ革だ位の区別しかないのだが…。
 脱ぎ捨てたジャケットのポケットを探り煙草、残り僅かな一箱と未開封の一箱、銘柄は『JOKER』と百円ライター、壊れた腕時計、招待状、を取り出す。
 招待状と未開封の煙草は迷う事なく、壊れた腕時計は少し考え、ポケットに仕舞った。残り僅かな方の煙草は中身を確認して最後の一本だと分かると、それを口にくわえ火を点ける。百円ライターはジャケットのポケットへ、空の箱は応接机脇の屑籠へ放った。
 その際、屑籠の中に招待状と同封されていた手紙がチラリと気になったが無視する。
 その文面は『一言一句、間違いなく覚えている』のだ。
 くわえ煙草のままに、零人は続いて脱ぎ捨てたズボンから財布を抜く。手触りで判る心許ない中身…下の煙草屋の金庫から幾らか拝借するか?金庫の鍵の場所もナンバーロックの数字も熟知している…が、それは止そう。死んでしまった赤尾マスにどやされる事は無くとも、金庫のあるあの居間に今一度戻るのはどうにもゾッとしない。
 そして煙草が半分程の長さになると、零人はクローゼットから軍用のコートを引っ張り出し羽織る。
 玄関で少し迷い、黒いロングのエンジニアブーツを履く。今所有のブーツの中で一番のお気に入りであり、一番履き馴れた一足である。
 踵をゴンゴンと鳴らし、ブーツに足を詰め込む。
 さてさて、準備は…まぁ、揃ったか…ぶっちゃけ不足過ぎるっちゃあ過ぎるのだが…他に、何も必要な物が思い付かない以上は、これで準備は万端なのだ。
 零人は戸を開き探偵事務所を出る。
 鍵を掛けて階段を降りる。
 ヒュゥ…と冷たい風が吹き、零人はコートの襟をグイッと合わせる。
 昨日に比べると表は酷く寒い。コートを羽織ったのは正解だった。
 煙草屋の前の通りには一切の人影もない。
 実際、今は何時なのだろうか?
 零人は、その通りに立ち煙草屋を振り返る。
 煙草屋の背後には鉛色の雲が立ち込め、ゆっくりとこちらへ迫って来ていた。
 あれは、冬の雲だ。
 これから季節はどんどんと変わって行く。瞬く間に、冬が来て、年を越して、春が来る。
 その頃迄に俺はここへ戻る事が出来るのだろうか…。

「多分、無理だ…」

 零人は、そう呟くと迫り来る雲から逃げる方向へ歩き始めた。
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