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千夜子-12

「留守番サービスセンターに接続します」
 何度かけても彼女の機械的な声が流れてくる。誰もが知ってる無名の彼女。相も変わらず零人は音信不通だ。
 仲村由基雄宅の一階にあるリビングは十二畳ほどのフローリングで、品のある濃茶色のローテーブルの二方にはこれまた品のある革張りのソファが配置されている。壁には大きな液晶テレビが置いてあり、出窓には手入れの行き届いた観葉植物が並んでいる。家族写真でも飾ってないかと探してみたけど見当たらなかった。唯一、幼少の由里音であろう少女の写真だけがテレビの横で笑っている。そのテレビからローテーブルを挟んだ反対側にシステムキッチンがあり、なんというか、ごく普通のきちんとした家庭のリビングがそこにある。
 仲村由基雄は長い方のソファで寝息をたてている。倒れていた由基雄を雀尊が抱えてこのソファに寝かせた。幸い出血もなく脈拍に異常もなかった由基雄だが、今のところ目を覚ます気配がない。
 由基雄が私達を襲ったのか。襲ったのならその理由は何なのか。何故由基雄自身も倒れていたのか。そして由里音失踪に関して彼の関与があるのか。疑問はいくらでも沸き起こってくるけどそれは回復を待てばいい。いずれにせよ仲村由基雄が娘を奪われた《被害者》であり、私にとっての《依頼人》であることに違いはない。私は依頼を遂行するだけだ。
 ともあれ由基雄自身は命に別状はないようなので寝かせておく。その寝顔を見ているととても私達を襲おうとしていたとは思えない穏やかな寝顔だ。と言っても悪党の寝顔ってのも見たことはないんだけど。
 そんなことを考えながら頻発する欠伸を噛み殺す。
 傷の手当ての済んだ雀尊は由基雄の眠るソファにもたれて携帯電話で誰かと話している。由里音ちゃんを、とか、何組が、とか言ってるけどはっきりとは聞こえない。雀尊の傷も大したことはなく、すぐに傷は塞がるだろう。
 何となく事態は鎮静化している。一切の進展はないんだけど穏やかな小康状態が夜と共に更けていく。
 零人とも連絡はつかないし由基雄もこんな状態だから、とりあえずここで夜を明かすことになりそうだ。…あ、ベベコ路駐だけど大丈夫かな。でも立ち上がって表に出て確認するのも億劫だ。平日の夜中に閑静な住宅街に取り締まりなんてあるわけがない。自分勝手な断定を決め込んで微睡む。そんなことより由里音の母親は外泊なんだろうか。終電の時間はとうに過ぎている。
「やっぱりそうだよ。行方が分からなくなってるのは由里音ちゃんだけじゃない」携帯電話の通話口を押さえながら雀尊が私に振り返って言う。
 その言葉が滞っていた時間を再びかき混ぜる。それは何よりの眠気覚ましとなり、私は欠伸で滲んだ涙をこすりながら考える。
 何その新情報?
 由里音以外にも失踪者がいる?
「どういうこと?」
「ほら、由里音ちゃん吹斗中の三年生じゃん? 俺んとこの生徒にそこの三年生いたの思い出したんだ。由里音ちゃんのこと知ってるかなとかって電話してみたら知ってるどころじゃない、同じクラスだって言うわけ」
「替わって」私は雀尊の手から携帯電話をもぎ取る。「もしもし、誰?」
「…誰って、いきなりそっちこそ誰?」
 女の子の声が聞こえる。その声には困惑と焦燥が感じ取れるが、口調はしっかりとしている。
「あ、ごめんなさい」私はトーンを抑えた声で言う。「私は探偵の千夜子アルフライラ。由里音さんのお父さんに頼まれて彼女を探しているの。あなた、彼女のお友達?」
「いや、そうじゃなくて!」彼女は強い口調で私の言葉を遮ってくる。「あの、…瀬戸内先生の、何なんですか? …彼女とか?」
「私は探偵で瀬戸内雀尊君には由里音さん捜索のお手伝いをしてもらっているの。それだけ」
「そうなんだ」途端声に安堵が広がる。「雀尊君も彼女いないって言ってたから。ですよね?」
 雀尊の呼び方も先生から君付けに変わる。生徒に君付けされてる塾講師ってどうなの?
「そうね、いないんじゃないかな」
 その言葉に雀尊が「ん?」と反応している。電話の向こうでは「あせったー」と声がする。
「名前聞いてもいいかな?」
「はい。アオイコトリっていいます」
「青い小鳥?」
「あ、ブルーバードじゃなくて。車でも幸せの青い鳥でもないんで。いや、全然いいですよ、間違えられるの馴れてますから。音で聞くと紛らわしいんですよね、この名前。くさかんむりに倉に井戸で蒼井、楽器の琴に瑠璃色の璃で琴璃です。蒼井琴璃」
「素敵な名前ね」
「探偵さんの名前もかっこいいです、外人みたい」
「ありがとう、琴璃さん。少しお話聞かせてもらってもいいかな?」
「いいですよ、雀尊君の仲間だったら私らの仲間でもあるし」
「私ら?」
「そうです、私らは寺子屋ジャクソン所属、雀尊ファイブですから」
 思わず声が大きくなる。

「雀尊ファイブ?」

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零人-11

 零人は吐いた。
 台所の流しに顔を伏せ。最初の内は、食物だったと思われる正体不明の茶色や半透明の物を吐いた。直にそれが尽き、続いて酸味の強い胃液を吐いた。胃液は少し驚く位の量を吐いた。吐けば吐く程、胃の中に、この酸っぱい液が充満してる様な気がして、余計に気持ち悪くなり余計に吐いた。胃液が出なくなると、今度は「オェッ!ボェッ!ゲッ・・・」と、えづき酸っぱい息を吐いた。
 全てを吐き尽くし漸く吐き気が治まる。零人は水道を捻り、流しの吐瀉物を洗い流す。ついでに掌に水を汲み、口を濯ぎ顔を洗う。
 零人は開け放たれた居間の襖の奥に広がる光景を眺め呟く。
「チョコレート・・・」
 再度、激しい吐き気。
 が、今度は吐かない。
 堪える。
 と言うか、もう吐く物なんてこれっぽっちも残ってない。胃液すら涸れ果てた。
 取り敢えず落ち着こう。
 気を静めよう。
 深呼吸。
 と、分かり切っていた事だが、零人の鼻孔に部屋中に立ち込める異臭、赤尾マスの血液や体液や脂や肉と砂糖や粉乳の混ざった匂いが飛び込んでくる。
 正体を知ってしまった今となっては、その匂いに対する不安や恐怖は微塵もない。が、逆にその正体を見てしまった事による視覚効果も加わり、その匂いは、よりきつくより不快だ。
 先ずはこの匂いをどうにかせねばと、換気の為に居間の窓を開けようとして、零人はふと手を止める。
 ちょっと待った。
 これだけの悪臭を放っているのに近隣の住民から何等リアクションがないのはおかしくないか?隣の住人の氏素姓も明確ではない大都会と違い、近隣との信頼関係もきちんと出来ている下町故に、この悪臭に気付いてのノーリアクションは有り得ない。という事は、まだ誰もこの匂いに気付いてない。つまりは、匂いはまだ表には漏れていない。もしくは、気付かれる程には漏れていない。という事。
 ならば、窓は開けない方が良い。今はまだ、無駄に騒ぎは起こしたくない。
 部屋の換気が許されないなら、せめて・・・零人は一先ずエアコンとストーブを止める。
 それだけでもかなり違う筈。
 室温の高さが匂いを助長してるのは確かだし、これ以上この部屋を温めて、このチョコレートの腐敗を進めてしまえば、勿論この匂いは今以上に酷くなる。
 そうでなくとも、これだけの匂い、近隣の住民に気付かれるのは時間の問題。
 と、零人は早速、居間を見回す。
 ぐずぐすなんてしてられない。
 これでも探偵の端くれである。
 第一発見者として、被害者の身内として、今後の処理はさておき、せめて事の大枠位は掴んでおきたい。

 先ず目に付くのは、ちゃぶ台の上。堆く盛られた肉。
 それが一体どの様な方法で処理されたのかは不明だが、その肉は骨も皮も全てを一纏めにして粗く挽かれていた。
 所々、肉に絡まる様にしてある紫色の髪は、明らかに赤尾マスのそれだ。そっと、零人はその一束を引き抜く。ずるっ・・・と、それは僅かな重みと共に簡単に抜ける。髪の束の先には頭皮の切れ端が僅かに残っている。
 それでその肉の塊が赤尾マスの死体である事は、ほぼ零人の中で確定。その塊の体積から、それが赤尾マス丸々一人分である事も間違いないだろう。
 続いて、死体の脇に脱ぎ捨てられたジャージや肌着を確認。どれも間違いなく赤尾マスの物・・・と言って肌着に関しては、別に赤尾マスの肌着を熟知している訳ではないので不明だが。確か、前に一度、似たデザインの物がベランダに干されているのを見た記憶があるから恐らくは間違いない。
 後は、部屋中に些か遣り過ぎとも思える程に広がる血液、体液、脂。それと辺り構わずと言った感じに撒き散らかされた砂糖と粉乳。砂糖は上白糖、粉乳は恐らく全粉乳。
「・・・やはり・・・チョコレートだ」
 零人は又呟く。
 赤尾マス=カカオマスに砂糖と粉乳・・・多少、いびつで不完全ではある・・・が、これは正しくチョコレートだ。

 史上最悪に悪趣味なチョコレート。

 赤尾マスはチョコレートにされて殺された。かつて、ブロッケンマンがラーメンマンにラーメンにされた様に・・・。
 しかし、赤尾マスとブロッケンマンにはあからさまな違いがある。
 それは、ブロッケンマンはラーメンにされた後、きちんとラーメンマンに食べられたが、赤尾マスは・・・。
 そこで零人の思考は一つの壁にぶつかる。

 何故・・・部屋は、暖められていた?

 これがチョコレートなら、熱はおかしい。チョコレートに熱は厳禁だ。だって、溶けてしまう。チョコレートを作り、食べるには、しっかり冷やして固めなくてはならない筈だ。
 では・・・何故・・・。
 零人の右手の小指がゆっくりと口許に近付く。が、零人はその己の無意識の行動に気付き、慌てて手を引き、小指を握り込む様に拳を固める。
 くわえない、しゃぶらない、吸わない、齧らない・・・。
 こんなのは唯のまじないに過ぎないのだ。一見、万能なまじないの、その先にあるのは唯の安心や安堵であって、解答や解決ではないのだ。
 零人は右手をジャケットのポケットに突っ込む。そして、決意。この手は少なくとも、今、目の前にある謎を解く迄は、絶対にポケットから出さない。
 と、ポケットの中の右手が何かに触れる。
 スベスベとした手触りの・・・紙・・・招待状だ。
 そしてそれを契機に、零人の頭に大量のキーワードが浮かび上がりる。
 それは零人の知り得る全ての情報。
 産まれた時から、この瞬間迄に見聞き嗅ぎ触れ感じた全て。
 億兆個の情報。
 それらがランダムに零人の周囲で浮遊する。
 そして零人はつむじの中心から一本の矢を放つ。
 その矢は、一本の細い糸をシュルシュルと零人の脳から引き出しながら、浮遊するキーワードを射抜いて行く。選別整理しながら一つ一つ必要なキーワードだけを丁寧に射抜き、数珠繋ぎにしてゆく。そして、数珠繋ぎにされたキーワードは一つの絵になる。
 それが解答。

 そして、零人は右手をポケットから出す。
 その手には・・・招待状。
 
 

千夜子-11

「千夜子さん、大丈夫?」
 もう一度私の名を呼んだ雀尊は掴んだ手に力を込めて、へたり込んだ私の身を起こしてくれる。
 ふいに立ち上がった反動で雀尊の胸に飛び込む格好になるけどそのまま身を預けて、そこから真上の雀尊を見上げる。雀尊はとっさに目線を外して「やべーチューされるかと思った」なんて言うけど私はこれチューしちゃってもいいよと思っていた。これチューしちゃう流れだったもん。危機を乗り越えた二人に芽吹く吊り橋効果的なラブは霹靂だ。ラブ・ヘキレキ。まあ勘違いラブモードではあるけれどときめきって大事よね。窮地のヒロインを救い出した雀尊はさながらジェームス・ボンドだ。映画は観たことないけどきっとそんな感じだろう。とか思ってると頭の中にデンデロデンデーン、デデン、デンデロデンデーン、デデンと007のテーマ曲が流れてくる。でも映画観たことないから最後に「キネマの天地~」って松坂慶子が歌って蒲田行進曲になってしまう。デンデロデンデーン、デデン、デンデロデンデーン、デデン、キネマの天地~。なんじゃそら~。
 私は頭の中で昔の少女マンガよろしく「てへっ」と舌を出して目んとこバッテンになりながらも現実に戻ってきて、もう一度雀尊を見上げる。
 見慣れたはずの雀尊の顔がいつもより聡明に、なんだか大人びて見える。そしてそんな雀尊の額から鼻筋にかけて走る赤い、…血?
「血!血出てる!」
「あ、そうだ」と面倒くさそうに両手で髪をかきあげながら雀尊が続ける。
「痛えの。いきなりだもん、あ、結構出てんなこれ」
「これ使って」と私はポケットからタオル地のハンカチを差し出す。
「え、いいよ、汚れちゃうし。ティッシュない?」
「持ってない。いいからそれ使いなよ」
「じゃあ、洗って返します」
 雀尊はかしこまりながら傷口付近にハンカチを乗せるとズボンの後ろポケットからニット帽を取り出してそのまま被る。
「オッケー」
「全然オッケーじゃないし。ていうかさ、誰にやられた?仲村由基雄?」
「うーん、痛」。雀尊は眉をしかめながら考える。「いきなり後ろからだから姿は見てないんだけど、普通に考えたらそれしかないよね」
「普通に考えなかったら?」
「誰か他の人間が隠れてたとか…そう、天井にへばりついてて…って訳ないし…あ、階段を上がったところにスイッチがあって踏んだら何がしかの装置が作動して何がしかの鈍器的な物が飛んで……こないよね」
 なんじゃそら。私の目を見て雀尊は言葉を切った。
「やっぱりあいつなのかな。そんな風には見えないっつーか、でも他にはいねえし、でもさ、あんな顔して由里音ちゃんのこと話してんだよ、やっぱりあいつが由里音ちゃんを軟禁してるとは思えねえんだよね、親としてのしっかりした愛情があると思うんだ」
 そう雀尊は言うけれど私には理解らない。親の愛情。私は両親を喪失したあの時に愛情の記憶も喪失しているんだと思う。だから、理解らない。
「でも」
 雀尊の声が低いトーンに変わる。
「二つを切り離して考えたら、有り得なくはない」
「どういうこと?」
「由里音ちゃんの失踪に関わっているかどうかと俺らを襲撃したのは全く別の話だとしたら?」
 由里音を誘拐/軟禁しているのは別の人物(セバスチャン・スピーカー卿?)で、それとは関係なく仲村由基雄は私達を襲った?
 由里音の捜索を依頼したのは由基雄。言うなれば私達は由基雄の味方だ。探偵事務所に来るような人間はその案件を他者に知られたくないのだ。数少ない味方である私達をわざわざ襲う?
「なんでそんなことを?」
「千夜子さん聞いてばっかになってるよ」
「本当だ」
「理由は解らないんだけど現時点ではそれが一番しっくりくるよ。でも何でかな。俺ら嫌われちった?」
 そう言ってニカッと笑う雀尊の眉間を新しい真っ赤な筋が走る。
「血!」
「え、なんだよ、止まんねえじゃん」
 止まんねえよ。
「やっぱやばいよ、今日のところは一旦戻ろう」
「こんなのそのうち止まるよ。今さら帰れないっつの」
 傷の手当てをしたらまた明日にでもくればいい。今日は色々ありすぎる。事務所のソファに寝っ転がってゆっくり整理してみよう。
 それに私にも仲村由基雄が由里音失踪に関わっているとは思えない。私達を襲ったか否かは別にして。だから再訪しても由基雄は笑顔で私達を迎えるはずだ。
 私は渋る雀尊の手を引いて部屋を出ると階段を降りていく。
 そして階下にうつ伏せに倒れたそれを見つけて足を止める。
 背中に『YUKIO 88』の文字が見える。

 仲村由基雄が倒れていた。

 後ろから階下を覗き込んで雀尊が言う。
「すげー考え損したね、俺ら」

 

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