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零人-7

「私達二人でチョコレートだね」
 頭の中を幼い声が掠める。
 ふと、零人は右手に何かを感じ、その感触へ目をやる。
 零人の右手を小さな手がギュッと握っている。
 零人は、その小さな手から白く細い腕を辿り、肩を経て首、顔、と徐々に視線を進める。
 綺麗な丸い頭から、真っ直ぐに淡い栗色の髪の毛を胸元迄伸ばした……少女。
 少女は零人と視線が逢うと、スッ…と目を細め笑顔を作る。
 何故だか妙に照れ臭く感じ、零人が視線を逸らすと、少女はそれを追う様にフワッと髪の毛を揺らし移動して、零人の目を覗き込み、もう一度スッ…と笑顔を作り「千夜子と零人でチョコレートだね」と言った。
 千夜子。
 零人の双子の妹。
 不意に後頭部辺りがプププッと黒く泡立った様に感じ。でもね、千夜子、俺達は離れ離れだと、お前はチョコでも、俺は唯の零人、0人、0の人、存在しない人、つまり人ですらない、人で無し…。そう言いいかけて零人は慌てて口を塞ぐ。
 千夜子の顔が一瞬でクチャクチャに歪み、その縦長で黒と言うより碧に近い瞳から、ポロポロと涙が溢れるのが容易に想像出来たから…と言うか、前にも一度、零人はそう言って千夜子を泣かした事を思い出したからだ。

 くらり。

 一瞬、地平が何度か傾いた気がした。
 膝の上に重ねた写真がバラバラと散り、零人は我に帰る。
 白昼夢。
 いや、白昼ではない、今は夜。
 なら、幻覚?デジャブ?
 似た様な物だが少し違う…アレは唯の記憶だ。唯、ほんの少しリアルなだけの記憶。
 零人は、小さくか弱い千夜子の掌の感触がいまだに残る右手を眼前に翳し、グッパッグッパッと握ったり開いたりしながら、掌や甲をいろんな角度から眺める。
 間接一つ分短い右手の小指。
 欠損感。
 いつだってそこにいる気がするのに、リアルに感じるのに…そこに今、千夜子はいない…何年も前から既に千夜子はいないのに…俺は右手小指の先にリアルに千夜子を感じている…。
 ファントムペイン。

 零人はブルルンと頭を振り、床に散らばった写真を拾い集め木箱に仕舞う。
 壊してしまった南京錠は直せないが、木箱は元あった場所にきちんと戻しておく。
 そして、零人はもう一度頭をブルルンと振り、チャンネルを切り替える。
 今、考えなければならないのは千夜子の事ではない、屈木井九好の事なのだ。
 って、分かっている事がゼリーにクッキーに…チョコレート、ではちょっとアレだが。何一つとしてぼやけたままよりは、何か一つでも明確明瞭であるに越した事はない。
 その一つが全ての始まりなのだから。
 と、零人は煙草を取り出し火を付ける。
 一服済ました後に、ここを出よう。
 収穫としては十分だ。言い方はおかしいが、屈木井九好はそんな易々と失踪の手掛かりを残す様な安易な女ではないのだ。
 もし、この部屋に他に何等かの重大な手掛かりが残されているなら、それは、屈木井九好が自ら残した手掛かりだ。零人、もしくは零人と立場を類する誰かに宛てて残された手掛かりだ。それを零人が見付けられない訳がない。つまり、零人に見付けられない手掛かりは、零人に見付けられたくない手掛かり。ならば、それはそもそも零人にとっては手掛かりでも何でもないという事。
 少なくとも屈木井九好と言う女に関してはそうなのだ。
 それにやはり、主人不在の女性の部屋に無断で入り込み、勝手に室内を漁り回るのはあんまり良い趣味とは言えないし…。

 部屋を出る際、零人はもう一度室内を見回して、そこで不意に屈木井九好は本当に失踪したのだろうか?と、考えた。
 確かに、この部屋には今にも「ただいま」なんて、ヒョコっと近くのコンビニに買い出しに出ていた屈木井九好が帰って来る様な、そんな主人の失踪を感じさせない雰囲気がある。
 とは言え、まぁ、友人の是々絵利衣があれ程迄に興奮して心配しているのだ。失踪自体は間違いはないだろう。事実、少なくとも今現在、屈木井九好は俺の前にはいない。つまりは、それは何にせよ失踪中という事なのだ。
 が、唯の失踪なのだろうか?
 そう考えると、この部屋の主人の失踪感のなさも、あの、喫茶店での是々絵利衣の取り乱し様も、酷く演劇的に思えて来なくもない。
 誰かの演出?
 だとすれば、その誰かとは?
 そしてその理由は…いや、止めよう。今の段階なら可能性は無限大だ。
 仮定を追うよりも、目の前の確定を辿る。それが一番の近道だ。その先が屈木井九好の行方であり、その演出家の席なのだ。まぁ、実在すればの話だが。
 と、零人はブーツを履き玄関から出る。入った時同様に合鍵で施錠し、その鍵は電気メーターの上に隠して、その今にも屈木井九好が帰宅してきそうな部屋を後にした。
 
 だが、この部屋に屈木井九好が帰ってくる事はもう二度とない。もう少し先の事になるが、零人が次に出会う屈木井九好は、あの木箱の中の写真のどの屈木井九好とも似ても似つかない姿で…死んでいるのだから。

 零人は来た時同様の暗い路地を通り、チョコレート探偵事務所へ向かう。
 赤尾マスはまだ帰宅してないのか、赤尾煙草店の店内は真っ暗だ。
 零人は煙草店脇の階段下で一度立ち止まり、二階の探偵事務所の鉄扉を見上げる。
 零人がこの部屋に誰かの気配を感じたのは確か……零人はアナデジダブル表示の腕時計に目をやる。
 アナログ八時六分、デジタル八時十四分。勿論、赤尾マスから返された携帯電話で正確な時間も続けて確認、八時十六分。
 屈木井九好のアパートに行って戻って来る迄の間約一、二時間と言ったところ、さすがに不法侵入者も帰ったろう。
 が、しかし用心に用心を重ね、零人はブーツを脱ぎ足音を消し階段を上る。ドアノブを掴む前にドアに耳をあてる。冷えた鉄扉の感触、室内に人の気配はない。
 零人はゆっくりノブを回す。施錠されている。ポケットのキーチェーンを伸ばし、開錠…と、零人は鉄扉と床の隙間に白い物を見付ける。
そっと手を伸ばし、隙間からそれを引き抜く。

……封筒。
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千夜子-7

 仲村由里音の家は天海町から天海橋を渡った吹斗市にある。
 吹斗市は吹斗ニュータウンを中心とした新興住宅地で、最近も巨大ショッピングモールが出来たりと拓けた街だ。吹斗市に建設中の超高層マンションの販促ポスターには『橋の向こうに未来が拡がる』なんて書いてあるけど、本当に橋の向こうに未来があるなら誰も必死こいて夢見たりはしないのだ。でも「のだ」とか言っといて実際ちょっと羨ましかったりはする。
 橋を隔てて吹斗と天海は対照的で、吹斗市が〈街〉なら天海町は文字通り〈町〉って風情で、良く言えば古き佳き町並みだけど、単純に開発されないままに置いていかれた廃れた町だ。その中でも築ウン十年の赤尾煙草店はウォシュレットないしお風呂も追い炊き出来ないし地震とかほんと怖い。まあ、双子探偵なんて胡散臭い輩には昭和にワープなレトロ建造物が丁度いいのかもしれないけど。なんかそれっぽいし。

 車が吹斗ニュータウンに入り、スピードを落としつつ進む。
 助手席の雀尊はニタニタと、どこか楽しげに見える。そこには私が感じているワクワクと同じような高揚があるのかもしれない。
 不謹慎かもしれないけど私は事件が舞い込んでくるとワクワクする。もちろんハッピーでない結末も多いけど、私は事件をきちんと完結させてやりたい。解決と完結では意味合いが違う。私は私の前に現れた事件をきっちりと昇華/成仏させてやる。
 それが探偵の為すべき仕事なのだ。

 仲村由里音の家はニュータウンの外れにあった。一度確認して通過、数件先にベベ子を静かに寄せる。片流れ屋根のモダンな三階建ての家には立派に門があり、表札に達筆な『仲村』の文字。
 雀尊を制するように私はダッシュボードの携帯を取りアドレス帳を開く。
「電話入れるよ」
 アドレス帳から引っ張り出した仲村由基雄の携帯電話に発信する。呼び出し音が鳴る間に雀尊が車内スピーカーに切り替える。
「はい、仲村です」
 仲村由基雄の声が車内に響く。遠くにテレビの音が聞き取れる。
「こんばんは。千夜子アルフライラです。先ほどはどうも」
「アルフライラさん。どうしました? 何か進展でも?」
「いや、さすがにそれは…。お話伺ったの今日の午後ですし」
「あ、そうですよね、そんなわけないか、いくら何でも早すぎますね、はは」
 スピーカーから聞こえる由基雄の落ち着いた声を、雀尊はへばりつくようにして聞いている。
 雀尊が私を見て小さく頷く。その左手はいつでも出ていけるようにドアに掛かっている。
「二三お聞きしたいことがありまして、っていうかお宅に伺って宜しいですか?っていうか由里音ちゃんの部屋を見せてもらえますか?」
「え? ああ、それは構いませんが」
「今ご在宅で?」
「ええ、…今から?」
「はい。今家の前ですから」
「いや、あの…」と逡巡する声を無視してそのまま車外に出る。雀尊は既に仲村邸の門前にいて私を待たずに呼び鈴を押す。ピンポーン。受話器の向こうでも同じ音がする。ピンポーン
「今開けますよ」と私に言っているのかドアの向こうに言っているのか分からない声を出す。
 ドアが開いて出て来た仲村由基雄は目の前の雀尊に驚いている。
「誰?」
 そう言う由基雄は淡い水色のパジャマ上下姿だ。豚のプリントが全面に入ったパジャマは昼間の印象とはかけ離れているけど案外似合ってて可愛い。
「連れです。夜分にすみません仲村さん」
 私が言うと由基雄は「いきなりなんで驚きましたよ。こちらこそこんな格好ですみませんね」と苦笑いしながら「どうぞ」と私達を促す。
「似合ってますよ」
「これ、父の日に由里音が作ってくれたんですよ」と見せた背中には野球のユニフォームのような『YUKIO 88』というバックプリントが入っている。
「パパだから88なんだそうです」
「優しい子なんですね由里音ちゃん」
「ええ、それはもう」
「あ」。頭を九十度傾げた雀尊が言う。「横にすると∞が並んでるみたいですね、由基雄無限大無限大だ」
「なるほど! 僕は無限大に愛情注いでますよ、無限大の無限大で!」と笑う由基雄の表情がみるみる曇っていく。「どうしてこんなことに…」

「見つけますよ。失くした悲しみってのは、逆に言えば取り戻した喜びに転化されるんです」

 そう言うと雀尊は靴を脱いで仲村家の階段を音を立てて上がっていく。
「由里音ちゃんの部屋は何階ですか? 片っ端から見て行きますかね」
 突然のことに仲村由基雄は階上の雀尊を見上げ、ようやく声を出した。
「あんた、誰なんだ?」
 雀尊が振り返る。

「俺は零人。千夜子の相棒です。仲村由里音ちゃんはチョコレート探偵が見つけ出します」

 何言っちゃってんだよお前は。
 それに応えるように雀尊がニッと笑う。
 
 

零人-6

 屈木井九好のアパートは、天海稲荷駅から一駅挟んだ隣の天海本町駅の住宅街にある。
 零人は一度、天海稲荷商店街を抜け天海稲荷駅に出ると、そのまま線路沿いの路地を天海本町駅方面に向け歩く。
 その路地の街灯は壊れているのか、それとも節電の為か、その半分も燈されてはいず、残りも点滅していたり薄くしか燈ってなかったりで酷く暗い。
 零人は屈木井九好の部屋へ行く時はいつもその路地を使った。
「この路地は昼でも人気がなく、薄暗くて恐いから使わない様にしてるんだ」と屈木井九好はよく言た。
 でも、たかが三駅を電車で通うのも金の無駄だし、歩くならこの道が最も近道だからと、この路地を使い続ける零人に、屈木井九好は「危ないんだよ、こないだも女子高生が襲われて…」等と真剣にその路地の危険性を訴えた。
 ふと、そんなやり取りを零人は思い出し、あっ、これは思い出だ…と不意に気付く。
 確かに、それは思い出でだ。零人の持つ屈木井九好の思い出。
 ならば、さながらこの路地は思い出の小路か…。
 そんな事を考えながら歩いて行くと、路地が徐々に明るくなり次の上天海駅が見える。そのまま上天海駅を越える。そしてまた路地は暗くなる。続いて路地の先に天海本町駅が見え始める辺りで、零人は路地を離れ住宅街へ入る。
 たいした目印もない、似たり寄ったりの家屋が列ぶ住宅街を、零人は交差点の数と電柱の本数を頼りに進む。いくつかの角を曲がり、いくつかの電柱を通り過ぎ、零人は屈木井九好のアパートに着く。
 アイボリーの化粧タイル貼りの二階建アパートの階段を上り、零人は二階奥の二○三号室の前に立つ。
 外壁のタイルに合わせたアイボリーのドアに、零人はそっと耳を付けて室内の気配を探る。
 もしもの時を考えての行動、先程のチョコレート探偵事務所の二の舞は御免だ。
 室内に怪しげな気配のない事を確かめ、ドアノブを回し施錠を確認すると、零人は電気メーターの上を探り、埃に塗れた鍵を見付け出す。
 ここに合鍵がある事は予め知っていた。定番の隠し場所であるし、何よりいつでも自由に入れる様にと、屈木井九好が作った合鍵を零人自身がそこに隠したのだから、それは当たり前だ。
 零人は鍵と指先の埃をジャケットの裾で拭い鍵穴に鍵を差し込む。
 クンッというバネの感触と共にカチャンとシリンダーが回り鍵が外れる。ドアノブを捻りドアを開け玄関に入る。手探りでスイッチを探し室内灯を燈し、ブーツを脱ぎ部屋に上がる。
 綺麗に並べられたパンプス等の女物の履物の中で、無作法に脱ぎ捨てられた零人のブーツはやたらと場所を取る。その事に少し気遣い、零人は自分のブーツを揃えて置き直す。
 ワンルームの屈木井九好の部屋は、淡い色を中心にコーディネイトされ、きちんと片付けられている。
 部屋の中央に置かれた座卓の横に腰を下ろし、室内を見回す。
 零人が通っていた時からさした変化もない様に見える部屋は、例えば屈木井九好の失踪に関わる者がいたとして、その人物に荒らされた形跡もなければ、届けも出されていないから警察の捜査も入ってはいない。
 零人はジャケットの胸ポケットからタバコを取り出し火を着ける。
 一口煙を飲み、吐き出して、零人は室内を調べ始める。
 煙草を吸わない屈木井九好が、零人用に買ってきた小さな陶器の灰皿を片手に零人は室内を歩き回る。
 クリーム色の布団が掛かるベットには狸っぽい狐か犬のヌイグルミが一つ。カラーボックスには少女コミック等の漫画や、ハードカバーから文庫と種類や作風を問わない小説と、洋画邦画とこちらも作風を問わないDVDが列び、そのカラーボックスの上を鏡台代わりにして、化粧品やドライヤー等が整理され置かれている。クローゼット内は春夏秋冬の洋服が判り易くハンガーに架けられ、その下の箪笥型のプラスチックケースには、タオル、下着、靴下、トレーナー、Tシャツ、パジャマ、ジャージ、スエットと、これまた判り易く仕分けされ仕舞われている。カーテンは淡いオレンジ色。家電製品は決して最新型ではないが、それなりに時代の流れに乗った品物が丁寧に使われている。
 零人は続いてキッチンを調べる。冷蔵庫の中は必要量の食材しか入ってなく、一人暮らし故か少し淋しい。コンロも流しも綺麗に掃除されている。
 トイレとバスは別々。トイレには屈木井九好の好きな海外の古い女優のカレンダー、特に書き込み等はない。バスは湯舟は小さいが、洗面所一体型のバスルーム自体はそれなりに広い。そのどちらも、勿論清潔に掃除されている。
 零人は部屋に戻り、再度ざっと室内を調べる、ベット下の引き出しや、テレビ台の中や、あちこちに置かれた小物入れ等。そこで零人はカラーボックスの上の化粧ポーチ等に紛れた、辞典位の大きさの箱を見付ける。
 いかにも女の子の秘密が入ってそうな、玩具の南京錠で施錠された花柄の木彫りの箱。
 零人はその木箱を手に取ると、一端の躊躇の後、座卓のペン立てからボールペンを一本持って来て、南京錠の隙間に差し込み、こじる。
 パンと音が鳴り小さなネジが外れ、木箱は簡単に開く。
 中には数枚の写真が入っていた。
 家族や友達と思われる人達とのスナップ写真。それらに写る屈木井九好の顔は、時代毎に多少の変化はあったが、間違い様のない見慣れた彼女の顔だった。
 奇妙な感覚。
 さっきの電車の中ではあんなにも思い出せなかったのに。いざ、写真を見れば何て事もない見慣れた顔・・・。
 でも、その感覚は今は置いといて、零人はその写真を一通り調べる。
 その中には零人の写真も一枚あった、隠し撮り風の横顔のワンショット。
 そして、零人はその中の一枚に目を止める。
 是々絵利衣と屈木井九好の頬を寄せたバストアップのツーショット写真。
 自分達でシャッターを押したのだろう、笑う二人の顔は中心から酷くズレている。その背景には青空しかなく、そこには直接ピンクのポスターカラーで女の子っぽい文字が書き込まれている。

『ゼリーとクッキー』
 
 

千夜子-6

 私と瀬戸内雀尊との付き合いはかれこれ七年になる。
 八年前。都内を中心に日本全国で百八人の被害者を出した前代未聞の事件、通称『死の十月連続殺人事件』を解明したのが当時十一歳の瀬戸内雀尊だった。
 事件の被害者の中にアイドルタレントや著名人、政治家も含まれていたこともあり、事件発生当時からマスコミは大々的に報道、警察関係者を散々悩ませた事件の謎を明かした天才少年をマスコミは『神童探偵』と名付け、一躍時の人に祭り上げた。

 私が雀尊と知り合うのはその翌年に起きた事件からになる。
 一連の殺人事件、通称『六地獄殺人事件』はここ天海町で起きた。
 最初の被害者は華道家の奈幹多美子。彼女は両手にくくりつけられた剣山でブリキのおもちゃを胸の前で押し潰す格好で発見され、その額にはキョンシーのお札のような『血の池ジャクソン』と書かれた紙が貼り付けられていた。
 それは明らかに神童探偵への挑戦状だった。
 続いて主婦の宇田川弥生が頭に鰐革のバッグを被せられ頭から地面の突き刺さった形で発見され、真一文字に裂かれた口の中から見つかったメモには『鰐ジャクソン』と書かれていた。
 さらに翌週には天海小学校の教師である郷野口秀樹が体育館の倉庫で九つのドッチボールに両手両足と頭を突っ込んだ状態で、さらに同小学校の砂場ではホステスの奥永恵が砂中に埋められ赤く染められた頭だけが地表に出た状態でそれぞれ死んでいた。そして郷野口教諭には『惑星ジャクソン』と、奥永恵には『砂ジャクソン』と書かれた紙が見つかる。
 天海町は戦慄し、神童探偵にすがった。
 テレビカメラの前で雀尊少年は犯人に対して宣戦布告するも、それをあざ笑うかのように翌日には現場に張り込んでいたテレビリポーターの帆狩末人が串刺しで見つかる。帆狩は忍者ハットリくんのお面を被せられており、その無惨な姿と対照的な陽気な文体で『探偵氏 焦熱ジャクソンでござるよ』と吹き出しが付けられていた。
 それを見た零人がコロッケを頬張りながらテレビに向かって言った。

「何で分からねえんだよ、キン肉マンじゃねえか」

 零人が言うにはその事件は漫画『キン肉マン』の中の『悪魔の六騎士編』の悪魔超人を見立ているだけだという。それぞれがジャンクマン、スニゲーター、プラネットマン、サンシャイン、ザ・ニンジャとして殺されていると話した。
「次はアシュラマンだな。危ねえな、瀬戸内少年探偵」
 被害者五人の頭文字をたどると奈幹のNから始まり、宇田川のU、郷野口のG、奥永のO、帆狩のH。
 逆さに繋げると〈HOGUN〉となる。
「次の被害者はイニシャルがSになるはずだ」
 それで完成するのは〈SHOGUN〉=〈将軍〉。悪魔超人を束ねるのが〈悪魔将軍〉だという。「後は自分で読んでおけ」と言うと零人は続けた。
「そして最後にふさわしいイニシャルSは瀬戸内雀尊だ」
 しかし零人の予測は外れた。

 アシュラマンとして殺されていたのは雀尊の父、瀬戸内童尊だった。

 その異形の死体を発見したのは奇しくも雀尊だった。
 今度の被害者は瀬戸内童尊だけでなく同じく町内の鈴木正幸、園田真吾の三人。計三体の死体はバラバラにされ組み合わされて三面の顔と六本の腕を持つアシュラマンが形成していた。
 ここに六人の〈悪魔超人〉を見立てたふざけた連続殺人が完結した。

 しかし、そうではなかった。

「全部わかった」と零人は言った。「これで終わりじゃない。やはり端っからターゲットは瀬戸内雀尊なんだ。犯人は〈悪魔六騎士〉を見立てたんじゃない。犯人自身が〈悪魔将軍〉を模倣していたんだ。」
「どういうこと?だって悪魔将軍は…」
 私の言葉を遮って零人は続けた。
「悪魔将軍は二度登場するんだ。二度目に狙ったのは〈叡智の子〉ミートくんだ」

 〈叡智の子〉=〈神童探偵・瀬戸内雀尊〉。

 私と零人は廃屋となっていた印刷工場の断裁機で正に首を落とされようとしていた瀬戸内雀尊を救う。
 実行犯は自称漫画家の男だった。
 そして私が抱きしめた神童探偵は、恐怖に震えるただの男の子だった。

 この事件を機に神童探偵・瀬戸内雀尊は普通の少年となり、そしてこれが双子探偵チョコレートの最初の事件となった。



「助けるしかないね、仲村由里音ちゃん」
 仲村由里音の部屋に残されていた〈招待状〉を見ていた雀尊が顔を上げて言う。
 元・神童探偵の目に光が宿っている。

 雀尊を助手席に乗せた私は愛車ベベ子でアクセル全開走り出す。
 
 

零人-5

 赤尾煙草店の向かい、商店街の名前の由来である天海稲荷の小さな社の階段に腰を下ろし、数分間、零人はチョコレート探偵事務所を観察した。
 ヒソヒソとした話声や人の動く気配は確かに感じた。いくら扉に隔たれていようが、気のせいとか勘違いではない。今、チョコレート探偵事務所、つまりは俺の部屋の中には誰かがいる。言ってもそこは住み慣れた俺の部屋なのだ。それは間違いない。
 それが誰なのかは見当も付かないが、その誰かが「やあ!おかえり!」と、ニコやかに出迎えてくれるなんて期待を零人はしない。
 何故なら零人は意外に用心深く、外出時には火の元と戸締まりの用心は絶対に欠かさないのだ。つまり、今、部屋の中にいる者は、事前に合鍵を用意出来たか、鍵を使わずに錠を解く事が出来るという事になる。で、合鍵を作った記憶も、そういった技術の持ち主にも心当たりがないのだから・・・。

 零人は二階への警戒を怠らずに、赤尾煙草店のカウンターに向かう。
 不在札が出されているのだから、店内は勿論無人でカウンター越しに見える店内はほぼ闇である。
 赤尾煙草店とチョコレート探偵事務所の入口は、便宜上一階と二階の二つに別けて作られてるが、奥の居住スペースは共同であり屋内の階段で昇り降り出来る様になっている。
 成る程、こっちから入り込むって手もあるか・・・。
 が、それもたいした違いではない。煙草屋、探偵事務所、共に鍵は一つずつしか作ってはいないのだ。侵入条件は探偵事務所と同じ。こちらも店主がいなければ不法な手段を用いる以外に侵入手段はない。
 とは言え、元々は平屋だった赤尾煙草店に新に無理苦理増築した探偵事務の扉に比べて、赤尾煙草店の扉の方が横開きで建て付けも悪く鍵も旧式って事もあり、侵入するなら二階からより一階からの方が多少お勧めではあるが・・・。
 と、零人はカウンターのガラス窓の両端のサッシ部分を両手で挟む様に摘むと、カタカタと上下左右に揺すり、いとも簡単にカウンターからガラス窓を取り外す。
 なんだかんだで、コツさえ掴めば簡単に侵入可能な城なのだよ。赤尾煙草店及びチョコレート探偵事務所等、フフフ・・・。
 多少の自虐の後、零人はカウンターに身を乗入れて、手を伸ばしカウンターの下のショーケースから煙草を二箱と、その脇の小箱からサービスの百円ライターを一つ拝借。
 無地の赤い百円ライターと白黒のガキっぽいパッケージの煙草、既に廃盤になっている『JOKER』。
 それらを手に零人は再度、天海稲荷の社の階段に座る。
 JOKERのパッケージと共に特に理由もなく続けていた禁煙を破り、引き抜いた一本を唇に挟みライターを擦る。
 ポッと赤い火が点り、煙草に火を移す迄の間、零人の周囲が僅かに照らされる。
 朱の剥げた鳥居。
 白い小さな狐達。
 黒く煤けた祠。
 その祠の中には、今は暗くて見えないが、白狐に跨がる荼吉尼天の佛画が奉られている。
 さすがに少し薄気味悪い。
 久し振りの煙草が、軽い目眩と共に甘いチョコレートフレーバーを口に広げる。
「子供の煙草じゃ、今時そんな物、スカのゾクでも吸わんよ」
 それはマスによるJOKERの評価。
 横須賀の暴走族がこの煙草を吸うか吸わないかは知らないが、確かに子供の煙草だ。
 零人は小さく「煙草は二十歳になってから」と呟いた。

 立て続けの四本目に火を着ける。口の中はさすがに甘ったるく気持ちが悪い。唾を吐こうとして零人は何と無く狐か荼吉尼天の視線を感じた気がして、社から二、三歩離れ道路に唾を吐く。
 いまだ動きのないチョコレート探偵事務所に、零人はいっそ怒鳴り込んでやろうかとも考えたが、勿論そんな事はしない。
 先程、零人は何の用心もせずにドカドカ足音を響かせて階段を登った。なら、事務所に潜む誰かにその音が聞かれた可能性は大、仮にそれが聞こえてなかったとしても、気配位は感じただろう。何の用での来訪かは分からないが、不法な侵入者なら外の気配にそれなりの気は配っていた筈だ。その上でのこの沈静、警戒の必要は十分にある。
 不用意に乗り込み、待ち伏せされてましたなんて、間抜けにも程がある。しかし、このままここに居続けるのも、また間抜け。
 ならば・・・今、すべき事を考えよう。
 零人は煙草の火をブーツの裏で揉み消し、五本目に火を着けようとして止める。
 その答えを出すのに、煙草一本分のシンキングタイムなんて不要。
 何故なら、零人は帰りの電車の中でずっと考え続けていたのだから。
 屈木井九好の失踪。屈木井九好の友人是々絵利衣。二人に送られた招待状。アイツの気配。小指の疼き。それらから感じるある感覚。
 そして、ここへ来てのチョコレート探偵事務所への不法侵入者。
 少し大袈裟で、今更な気もするが、零人は漸くその感覚の正体に至る。

『俺は何か事件に巻き込まれている』

 その『何か』が何なのかは分からない。恐らく、分かってしまえばこの物語は終る。つまりは、その『何か』を暴けばこの物語は終る。
 では、今、俺がすべき事は・・・取り敢えず本気で屈木井九好を探す。いや、この際『取り敢えず』も禁止で、屈木井九好を探す。

 この物語を本当に終らせたいと思うのなら・・・。

 零人は立ち上がりジーンズの泥を払い、社の脇の植え込みにブーツの踵で穴を掘り、四本の煙草の吸い殻を埋める。
 チョコレート探偵事務所の不法侵入者はまだ潜んでいるのか?実は、零人の帰宅の足音を聞き、裏手の窓かベランダから既に逃げているかもしれない。
 もし、まだ潜んでいて、これから帰宅して来るであろう赤尾マスは大丈夫か?その心配はない。あの年齢不詳の皺くちゃ婆は、あれで各種格闘技から武術に気功、礼儀作法にお茶にお華、合わせてウン十段って程のスーパー婆なのだ。身の心配ならするが損。
 外したままのカウンターのガラス窓も、ここいらで赤尾煙草店の煙草を盗む者は零人以外にいないから心配は無用。

 それでは・・・と、零人は駅へ向かう商店街を歩き出した。
 
 

千夜子-5

 私はワクワクしている。
 千夜子アルフライラにとって千分の幾つ目かの新たな物語がこの夜動き出したことにワクワクしている。
 でも私は気付いている。ワクワクの中に小さなマギマギした黒い何かが渦巻いていることも。
 ベベ子は走る。
 アクセル踏んでアクセル踏み続けて前方確認ブレーキ、ウインカーを左に出して橋下の交差点を左折、またアクセル踏んで天海橋を越えたところで信号が赤に変わる。
 私は仲村由基雄の名刺に記された住所を確認する。ここからなら三十分とかからないはずだ。
 仲村由里音の失踪は果たして本当に誘拐なんだろうか。それっぽい伏線が散りばめられているけど実際は単なる思春期ガール由里音ちゃんのプチ家出なんじゃないのか。お菓子の家とかグリムの暗示とかセバスチャン卿とか。それって単なる偶然現れた怪しげな符丁に過ぎないんじゃないのか。
 信号が青に変わる。愛車ベベ子はゆっくり走り出す。
 零人ならこれをどう考えるのだろう。
 私が残してきたメモに書かれた数々の単語から何を読み取るのだろう。
 きっと「……」押し黙ったあと「理屈は要らない。事実を見ろ」とか言って現場に向かう。そう。まずは現場に向かうのだ。これは私の解決すべき事件なんて言いながら私は零人に足跡を残してきた。迷わないように。森の中で一人はぐれぬように私はパンくずを落としてきた。それをヘンゼルが見つけるのは必然なのだ。
 でもヘンゼルの登場にはまだ早い。
 新しい登場人物を呼び出す。
 私はベベ子を路駐させて携帯をかける。呼び出し音が数回すると「…もしもし、千夜子さん?」と小さな声で応えてくる。
「取り込み中?」
「授業中っすね」
 私は冷たく言う。「じゃいいや、またね」
「え?あ、いや」。狼狽を隠せない声がして彼は電話の向こう側にいる大勢に喋る声がする。「というわけで、あー、自習!じゃなくて今日はここまで!」
 私の耳にまで聞こえてくる「えー」とか「やたー」とか高い声の中「もう終わりましたんで。とりあえず合流で」と電話が切られる。
 私は瀬戸内雀尊をピックアップするためアクセルを踏み出す。
 愛車ベベ子は雀尊の実家である天海妙寺に向かうため一発目の信号でUターンを決める。タイヤの鳴る音と一緒に私のお腹もきううと鳴る。今晩のお献はなんだったんだろう?

night.jpg


 私はベベ子を天海妙寺の駐車場に停めてお辞儀して境内に入る。
 正面に本堂があって、向かって左にある不似合いな洋風の施設が、天海妙寺の住職であり雀尊の母親である雀枝さんが経営している喫茶室『あまみ』で、その二階にあるのが雀尊が講師を務める私塾『寺子屋ジャクソン』だ。前住職の旦那さんが亡くなってから寺を継いだ雀枝さんは多角経営で天海妙寺を切り盛りしてる敏腕住職だ。
 二階の灯りが消えているのを確認して『あまみ』のドアを開けると湯気の立ったキッチンから顔を出した雀尊がふてくされる。
「いきなりだもん千夜子さん。授業途中で切り上げるとあいつら月謝返せとかうるせーんすよ」
 あいつらというのは塾に来ている中学生の母親連中で本当は文句にかこつけて雀尊とお話がしたいだけだ。容姿端麗・頭脳明晰な我が町の天才少年は二十歳を前にした現在でも奥様方のアイドルなのだ。
「どうせまた事件でしょ? そういうの授業ない日にして欲しいんだよね。火木で事件起きりゃいいんだよ」
「そうそう都合よく事件起きないの」
「で、今回は?」
「いや、その前に」と私が言うと雀尊はにやりと笑ってキッチンタイマーが鳴り出した。
「お腹空いたんでしょ。ぱぱっと作っておいたよ、いつものだけど」
「さすがだわ」と私が唸ると雀尊はキッチンに入って茹で上がったパスタを皿に盛る。
「出た、麻婆パスタ」
「パスタじゃないよ、スパゲティ」
「どっちでもいいじゃん」
「俺はパスタなんて女々しいもんは作んねえの」
「じゃあスパゲティは雄々しい?」
「雄々しいよ、スパゲティだよ、ゲッティだよ」
 そう言うと雀尊は麻婆スパゲティを私の前に運んでくる。
 私はフォークで素揚げされた角切りの茄子を突き刺すと麻婆に絡めてしょりしょり食べる。パスタだろうがスパゲティだろうが美味しいことに変わりはない。
「あたし今日これ食べたかったかも。相変わらず察しいいよね、さすが瀬戸内雀尊くん」
 雀尊は左の眉毛をくいと上げて言う。

「だてに神童探偵やってなかったからね」

 瀬戸内雀尊はかつて神童探偵と呼ばれた現在19歳の塾講師である。
 

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